認知症の親を元気にする”回想法”って?|認知症専門医が解説
65才以上の約4人に1人が認知症もしくは予備軍──誰もが認知症になりうる時代とはいうものの、少しでも進行を遅らせ、元気で過ごしてほしいというのが家族の本音。そこで、取り入れてみたいのが認知症予防に効果があるという「回想法」。趣味を利用してできる回想法の例とあわせてご紹介します。
認知症を伴いながらも自分らしく過ごすことが大事
全国の高齢者の認知症患者数は約462万人(2012年)に達し、2025年には700万人を超えるという。それでいて認知症の治療は開発途中で、根治する薬がない──そんな話を聞くたびに、絶望的な気持ちになっていないだろうか。
アルツクリニック東京院長で認知症専門医の新井平伊さんは、その認識を変えてほしいと訴える。
「たとえばアルツハイマー病は、全経過が15~25年と長く、いつ発症したかわからないくらい緩やかに発症し、ゆっくり進行していきます。つまり、認知症を伴いながらの生活をいかに自分らしく過ごすかの方が重要なのです。医師の処方による薬物療法やデイサービスなども考慮し、大きな目でその人の生活を支えることが認知症対策には必要。
回想法はあくまでひとつの手段としてとらえてください」(新井さん・以下同)
アメリカの精神科医が開発した「回想法」とは?
回想法とは、1960年代にアメリカの精神科医・ロバート・バトラー氏が開発した手法で、自分の過去を話したり思い出したりすることで精神を安定させ、認知機能の改善が期待できる心理療法だ。認知症の軽度から中等度前半の人に対して、もの忘れや判断力の低下、日にちがわからないなどの“中核症状”の進行を遅らせたり、うつ状態やイライラなどの“行動心理症状”が改善されることがわかっている。医療や介護の現場で治療の一環として取り入れられることもあるが、家庭で行うのも充分効果があるという。
古い記憶を利用して元気な脳も活性化
「認知症は現在から過去にさかのぼる記憶のうち、現在に近いものほど忘れていくのですが、回想法はその法則を利用し、子供時代や青春時代などの、ありありと残っている昔の記憶を回想してもらい、脳の機能を活性化させます」
その背景には“予備脳”と呼ばれる、脳の複雑な機能が働いていると考えられている。
「認知症で働きが悪くなる脳はたとえるなら全体の5%ほど。回想法はその5%の脳だけでなく、残り95%の正常な脳にも刺激を与えます。そうして元気な脳が活性化されると、ダメージのある脳の働きをサポートすると考えられています。実際に予備脳の働きで認知機能の低下を抑えられたというデータもあります」
やり方に厳密なルールはない。懐かしい写真を見たり、音楽を聴いたり、記憶とともに五感を刺激することもいい。裁縫や絵を描くことなど、昔得意だったことは体が覚えているので、本人が楽しんで行えるメリットもある。
「回想法」の注意点:間違っていても否定しないこと
「基本的に自由に行えますが、いくつかの注意点はあります。古い記憶の中には、楽しいこともつらいこともあるはずです。つらいことまで引き出す必要はありません。本人にとって何がありありと思い出せ、楽しい記憶として残っているのか、聞くことから始めましょう。また、せっかく楽しい気分になっているのだから、過去の記憶が間違っていたとしても否定しないことが重要です」
回想法だけで認知症が完治するわけではないものの、何かをはっきり思い出せるという成功体験と、楽しい記憶を思い出して気分がよくなり、気持ちが安定する。これは、家族にとっても救いとなる。
「認知症を専門に診てきた私でも、父の介護中は声を荒らげたことがありました。家族としてはもっと元気でいてほしいとか、こんなふうじゃなかったのにとか、つらさのあまり、ついイライラしてしまうんですよね。他人だとがまんできても、自分の親だと感情的になりすぎることがある。でもそうやって怒ったり非難したりするのはお互いによくないんです。だから回想法でお互いの気持ちをやわらげていただけたらと思います」
そこで、すぐにでも始められる回想法の例を教えてもらった。下記を参考に、自宅で行ってみてはいかがだろうか。
すぐできる!回想法の実例8選
※は回想法の応用で、本人の趣味を利用したもの。
1.会話で思い出や昔話を聞く
道具のいらない、もっとも手軽な回想法。「私が小さい頃こんなことがあったね」といった家族の思い出や、「子供時代はどんな暮らしだった?」など本人の昔話を聞いてみよう。
2.昔の写真を見る
写真は単純明快・一目瞭然なので当時を瞬時にビビッドに思い出しやすい。話すうちに当時のことを芋づる式に思い出す可能性も。人名や状況を間違えても否定しないこと。
3.書道※
書道を嗜んでいた人にはおすすめの回想法。墨のにおいや半紙の感触など、五感を使うことも脳の刺激には有効。集中力が必要となるため、1枚書ききるだけでも大きな自信に。
4.俳句※
五七五という17音や季語など、かなり頭を使う俳句も、好きだった人には楽しい記憶の1つ。もしルールを思い出せなくても、楽しむ気持ちを優先させてあげよう。
5.絵を描く※
絵が好きだった人におすすめ。絵画作法や理論を抜きにして、直感のまま色ぬりをするだけで、気分が高揚するはず。集中力が必要となるので、脳への刺激が期待できる。
6.音楽を聴く※
聴覚を刺激するのも◎。若いときにはやった曲はスラスラ歌えたりするもの。そんな歌があったら、いつ、どんなときに聴いていたかを聞くと、当時の思い出も引き出されやすい。
7.裁縫※
「針に糸を通して縫う」という段取りが思い出せなくても、体が覚えていて縫い進められるケースが少なくない。昔とった杵柄は"できる"を体現できるのでおすすめ。
8.花を愛でる※
庭いじりや花が好きだった人に試す価値のある回想法。アルツハイマー病はまず嗅覚が低下するので、花の香りから記憶が呼び起こされることも。“花の癒しパワー”も効果的。
教えてくれた人
アルツクリニック東京院長・認知症専門医/新井平伊さん
イラスト/林けいか 取材・文・イラスト/辻本幸路
※女性セブン2021年3月18日
https://josei7.com/