衝撃の『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』を徹底解説、野木亜紀子はやっぱり凄い
年明けからの『逃げ恥』一挙再放送に重ねて放映された完全新作『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』は、コロナ禍を含む現代のあらゆる問題が詰め込まれた刺激的な作品だった。脚本家・野木亜紀子作品をレビューしてきたライター・大山くまおさんが解説します。
『逃げ恥』の「ムズキュン」の意味とは
みくりと平匡が帰ってきた! 両手に日本社会の問題をたんまり抱えて!
新垣結衣、星野源主演のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』が1月2日に放送された。海野つなみの同名原作が2016年にドラマ化された折は、「ムズキュン」な内容と星野源の主題歌をもとにした「恋ダンス」が爆発的な話題を呼んで大ヒットとなった。それ以来の待望の続編ということになる。
あらためて『逃げ恥』を振り返ってみよう。大学院出身だが就活に失敗して非正規社員になり、さらに派遣切りに遭って失業してしまった森山みくり(新垣)は、優秀なシステムエンジニアだが異性と無縁の「高齢童貞」で「プロの独身」だった津崎平匡(星野)に家事を住み込みで行う「契約結婚」を持ちかけて了承される。
就職弱者と恋愛弱者がこうして出会い、一つ屋根の下で暮らすようになる。どちらも真面目で穏やかだけど、日本社会の荒波に翻弄されてきたせいで著しく自尊感情が低くなってしまった若者だ。二人はやがて距離を縮めていくが、間に女性の社会進出の問題や主婦の家事労働のようなテーマが散りばめられており、終盤にはみくりの「それは『好きの搾取』です」という名ゼリフを生み出した。
二人の周囲には、高齢処女のキャリアウーマン・百合(石田ゆり子)、ゲイの沼田(古田新太)、家庭的な日野(藤井隆)、独身主義者の風見(大谷亮平)、シングルマザーのやっさん(真野恵里菜)らがいて、それぞれが丁寧に語られて、ちゃんと肯定されていたのも大きな魅力だった。
さまざまな社会問題(タイトルクレジットの背後にわかりやすく現れる)、人のあり方の多様性、人と人との関係性のあり方の多様性をテーマに掲げ、それぞれの解決方法は相手に敬意を持った上でコミュニケーションを重ねることだと優しく語ったのが『逃げ恥』というドラマだった。「ムズキュン」とは「ムズムズ、キュンキュンする」の略ではなく、「難しい問題を視聴者にキュンキュンさせながら見せる」という意味だったと考えることもできる。
→今こそ『逃げるは恥だが役に立つ』を見るべき理由#うちで踊ろう”恋ダンス”
お正月から若い夫婦を取り巻く社会問題
前置きが長くなったが、ここからスペシャルドラマについて語っていこう。舞台は前作から3年後の2019年。正規雇用を得たみくりは、平匡と家事を分担しながらお互い良きパートナーとして毎日を平和に過ごしていた。そんな中、みくりの妊娠が発覚する。みくりのつわりがひどくなり、仕事と家事の負担が増えて混乱する平匡だったが、いろいろあって無事出産。しかし、そこへやってきたのが世界的なコロナ禍だった……。
妊娠・出産・育児という夫婦にとってごく当たり前のライフイベントを描くドラマだが、連続ドラマ以上に社会問題が本編のそこここに埋め込まれていた。列記していくと、選択的夫婦別姓、上司による体育会的なパワハラ、ルッキズムに基づくセクハラ、女性の産休・育休問題(女性が問題ではなく、会社や男性社員の無理解が問題)、男性の育休問題、少子化、性的マイノリティと同性婚、有害な男らしさ、無痛分娩(本編では触れられていないが、無痛分娩すると本当の愛情が生まれないという言説がある)、ワンオペ育児、新型コロナウイルスの感染拡大などなど……となる。
盛り込まれた社会問題の多さに対する視聴者からの批判もあったようだが、裏を返せばこれだけの問題が現代の日本の若い夫婦にのしかかっているということでもある。若い夫婦に焦点をあてたからこうなっただけで、日本にはもっとたくさんの問題がある。
監督の金子文紀は放送前から「キュン要素」が減ることを予告しており、脚本の野木亜紀子は「今回はもう妊娠・出産という家族の話になっているので、そりゃ『キュンキュンしてる場合じゃない』っていう(笑)」と語っていた(リアルサウンド映画部 1月2日)。みくりと平匡はさまざまな問題に苦しみながら、なんとか解決策を見出そうとする。二人の悪戦苦闘ぶりに胸が痛くなった人も多いだろう。でも、より良い変化を望むなら、目をそらすことはできない。
男らしくあらねばという「呪い」
興味深かったのが、「男性の呪い」の問題だった。前作で女性の若さや見た目の価値について、「自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい」と名ゼリフを残した百合(石田ゆり子)が、今回はこのように言う。
「男らしくあらねば。それもまた呪いかもね」
今回のスペシャルドラマは海野つなみが2019年から連載再開した続編(2020年4月に終了)が元になっているが、海野が続編を描くときに考えていたのは「そういえば、『男性側の呪い』については描いていないな」だった(オイシックス・ラ・大地 2020年12月24日)。
みくりが妊娠中、仕事と家事の間で行き詰まった平匡は、誰とも苦しさを共有できずにパニック状態になる。もともと彼は厳格な父親から「男らしくあれ」と強く教育されていた。父親の言う「男らしさ」に違和感を覚えていた平匡だが、無意識のうちに「男らしさ」の呪縛の中で弱音も本音も言えない状態に陥っていた。みくりが女性を取り巻く問題や大変さに自覚的だったのに対して、平匡はまったく無自覚だ。何なら、自分がしっかりすれば問題は解決するはずだと考えていて、より深みにはまっていく。
海野は「弱音の部分に大事な課題がある」と指摘しているが、大切なのは課題を抽出して解決すること。今回はみくりから手をさしのべることで平匡の「辛かった……」という本音を引き出し、彼のパニック状態を解消している。男性が抱える問題も女性が抱える問題も、どちらがサポートするというのではなく、一緒に解決していかなければいけないのだろう。
コロナと「うちで踊ろう」とコミュニケーション
みくりは2020年2月に長女・亜江(あこう)ちゃんを出産。みくりと平匡はユニセックスの名前を考えていたが、関西から瀬戸内海で「アコウ」と呼ばれる魚はメスからオスに性転換する種類だったりする。
やがて世界はコロナ禍に覆われていく。体調不良者による人出不足で職場復帰を余儀なくされた平匡は、妻子と離れて生活することを決断する。コロナのせいで幼い我が子に会えないなんて、本当にせつないシーンだった。
みくりは我が子とともに館山の実家へと「疎開」して、家の事情とスマホの故障でネットがつながらなくなるが、みくりの気持ちは上向きになる。一方、自宅でネットを見続ける平匡の気分は落ち込んでいく(リアルすぎるSNSの罵詈雑言は『フェイクニュース』や『MIU404』でも見せた野木亜紀子の隠れた得意技のひとつ)。平匡は赤ちゃんの写真に救われ、その後、後に家族同士でコミュニケーションするためにみくりの実家にパソコンを届ける。
→ドラマ『フェイクニュース』が描くフェイクニュースが生まれる本当の理由
→「MIU404」全話レビュー
この展開はドラマの2日前に放送された『NHK紅白歌合戦』で平匡役の星野源が披露した「うちで踊ろう(大晦日)」とリンクしている。もともとは外出自粛期間中に発表された曲だが、『紅白』用に大幅に歌詞が付け足されている。その中に「瞳閉じよう 耳を塞ごう それに飽きたら 君と話そう」というフレーズがあるのだ。その上で「生きて抱き合おう いつかそれぞれの愛を」と締め括られる。
問題を乗り越えるのに大切なのは、余計なノイズに気を取られず、大切な人の気持ちに寄り添ってコミュニケーションに時間を割くこと。東京と館山、川の向こう側とこちら側、それぞれの家と家。ディスタンスを隔てていてもそれは同じ。コロナそのものを倒せないが、落ち込んだ心を回復させることはできる。
物語はみくりと平匡とわが子の感動的なハグで終わる。でも、まだまだ問題は片付いてはいない。コロナもそうだし、先に列記した日本社会の諸問題もそう。『逃げ恥』はただのキュンキュンするラブコメじゃなくて、たくさんの問題を考えるきっかけになるドラマだと思う。それでいて堅苦しくなく、新垣結衣と星野源は愛らしくて、ほかのキャストたちも魅力的なのだから、優れている上に今の日本にとってとても大切なドラマだとあらためて感じた2021年のお正月だった。ガンバレ人類!
『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』』は「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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