ブルーインパルスに感謝した綾野剛主演!ドラマ『空飛ぶ広報室』の内容に今こそ注目
新型コロナ感染拡大の影響で、今シーズンのドラマが放送延期中だ。綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』のレビューをお届けする予定だったこのシリーズでは、放送開始を待ちながら、脚本担当の野木亜紀子の過去作品を振り返り、あらためて見直したいドラマをご紹介する。
今回は、本日(5月29日)午後に医療従事者への感謝の意を表し東京上空を飛行したブルーインパルスを題材にしたドラマ『空飛ぶ広報室』。2013年の日曜劇場、航空自衛隊を舞台としたドラマである。主演の綾野剛は自身のインスタグラムのストーリーで「ブルーインパルス 空は 繋がっています by 空井大祐」とアップ。あらためていまそのドラマの内容にも注目したい。
東日本大震災の大きな影響を受けた原作小説を野木亜紀子はどうドラマ化したのか。数々のドラマレビューを執筆する大山くまおさんが「このドラマこそ脚本家としてのターニングポイント」と位置づけて振り返る。
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青空に飛ぶブルーインパルス
2020年5月29日、東京都心の上空を航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が飛行した。
そのブルーインパルスの勇姿をじっくり見ることができるのが、航空自衛隊の広報室を舞台にしたドラマ『空飛ぶ広報室』(TBS系)だ。放送されたのは2013年4月から6月まで。原作は有川浩の同名小説。元戦闘機パイロットの新人広報官と、元報道記者で夕方のニュース番組の女性ディレクターとの恋と仕事を描く。
主演は新垣結衣と綾野剛。脚本の野木亜紀子と新垣はこのドラマで初めてタッグを組んだ後、『掟上今日子の備忘録』(15年)、『逃げるは恥だが役に立つ』(16年)、『獣になれない私たち』(18年)という作品を送り出していく。綾野は野木の最新作『MIU404』で『逃げ恥』の星野源とともに主演する予定だ。
正しく伝えて、正しく理解する主人公たち
とにかく非常にさわやかで気持ちの良いドラマである。「日曜劇場」枠ではあるが、次番組だった『半沢直樹』(13年)に代表されるようなドロドロとした闘争はなく、殺人事件も起きないし、特殊技能を持つ人物も出てこない。
主人公は帝都テレビ局員の稲葉リカ(新垣)。かつては報道記者として仕事をしていたが、今は夕方の報道番組のグルメコーナーなどを担当するディレクターである。今の自分の仕事には不満を抱いており、一刻も早く報道記者に戻りたいと考えている。
リカが取材を通して出会うのが、航空幕僚監部(空幕広報室)に異動してきたばかりの空井大祐2等空尉(綾野)。子どもの頃からブルーインパルスに憧れていたが、夢をかなえる寸前で交通事故に遭ってしまい、夢破れて広報室にやってきた。
リカは自衛隊のあり方にも疑問を持っており、初対面の空井に対して航空自衛隊を「空軍」と呼び、戦闘機についても「人殺しのための機械」と言って憚らない。リカの言葉を聞いて空井は激昂する。最悪の出会いだったというわけだ。
しかし、ここからふたりは仕事を通じて対話と理解を重ね、徐々に距離を縮めていく。広報の仕事も報道の仕事も「正しく伝える」ことが重要だ。相手の無理解をなじるばかりではなく、正しく理解してもらえるように工夫を凝らさなければいけない。相手のことを理解するには、興味を持ち、相手の立場に立ってみることも必要になる。夢破れた同士だったリカと空井は、それぞれ失敗を重ねながら今の仕事のやりがいに気づき、秘めた恋心に気づく。ふたりの人間的成長を見ていると、こちらの視界もとてもクリアになった気分になる。
軽妙なのに説得力がある唯一無二な柴田恭兵
脇を固めるキャストも魅力的だ。柴田恭兵が演じるのは、ちょっと軽薄なぐらい陽気で策士でもある広報室長の鷺坂。やたらパチンパチンと指を鳴らしてポーズをとる姿も決まっている。近年、これほど軽い柴田恭兵を見ることは珍しくなっただけに貴重だ。軽やかなのに説得力がある役なんて、柴田恭兵以外に演じられないだろう。
空井の同僚である広報室の面々は、要潤、ムロツヨシ、水野美紀と芸達者揃い。ちょっと抜けたところもあるが、抜群のチームワークで空井をバックアップする。広報室の面々が鷺坂の音頭で一斉にポーズを決める姿も楽しい。
一方、テレビ局で厳しくリカを指導するが、実は成長を見守っているチーフディレクターの阿久津(生瀬勝久)の存在は画面をピリッと引き締める。同僚アナウンサーの桐山漣もチャラいようでリカの恋路を邪魔したりしない。憎まれ口を叩いていたカメラマンの渋川清彦、大人しいカメラアシスタントの前野朋哉にもちゃんと目配りが行き届いているのが、脇役もおろそかにしない野木亜紀子脚本らしい。
嫌な人物として描きかねなそうなスター、桐谷健太演じるキリーでさえ、とても気持ちのいい人物として描かれていて驚いた。嫌な感じの登場人物もいるが、丁寧にコミュニケーションをとることで心を入れ替える描写が多い。伝えることと、理解することを何よりも大切にするこのドラマらしい。
野木亜紀子にとってのターニングポイント
『空飛ぶ広報室』は野木亜紀子にとって初めて全話執筆した連続ドラマとなる。同年に公開された有川原作の映画『図書館戦争』でも脚本を務めたこともあり、その流れで本作に起用されたそうだが、看板の「日曜劇場」枠をキャリアの浅いニューカマーに任せたTBSの勇気がすごい。
有川は野木の脚本に全幅の信頼を置いており、「私としては忙しいときには 『野木さんの原稿なら読まなくても大丈夫!』というOKを出してしまいます」と語っている(公式サイト)。なお、原作にはほとんど恋愛の要素はなく、ラブストーリーの部分はほとんどが野木のオリジナルによる展開である。
航空自衛隊がテーマということで様々なデリケートな問題もあったようだが、初めてタッグを組んだ宮藤官九郎ドラマで知られる磯山晶プロデューサーのバックアップも大きかったようだ。本作以降、お互いに「信頼できるパートナー」と呼び合っている。
野木は『空飛ぶ広報室』を「ターニングポイント」になった作品として挙げている(ザテレビジョン 2018年10月20日)。『空飛ぶ広報室』がなければ、『逃げ恥』も『アンナチュラル』(18年)も生まれなかったかもしれない。
最終回の1話前のラストで、東日本大震災が発生するところも特筆に値する。直接的な表現は避けられているが、最終回は震災から2年後(つまり放送された年)という設定で被災地の姿を描いた。この年は『あまちゃん』でも震災を描いており、ほぼ同時期に震災を扱ったドラマが放映されていたことになる。
もともと『空飛ぶ広報室』の原作小説は2011年の夏に刊行予定だったが、3月11日に震災が発生し、急遽有川が震災についてのエピソード「あの日の松島」を書き下ろして翌年刊行されたという経緯がある。
放送当時、野木は「正直、震災は『ネタ』としてはリスキーすぎて、ドラマを作る人間としては触れたくない、というのが本音です」と語っていた(ツイッター 2013年6月21日)。だが、今年5月10日に放送された番組『あたらしいテレビ 徹底トーク2020』(NHK)では、「私自身は3.11のこと、震災のことをいまだに、今のドラマでなるべく個人的には入れたいなっていうところがあって。それはやっぱり、3.11もまだ終わってないと思うんですね」と発言していた。
やはり『空飛ぶ広報室』は野木にとって大きなターニングポイントになった作品なのだ。
『空飛ぶ広報室』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・ くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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