毒蝮三太夫「ラジオで“ババア”と言ったのは母親の死がきっかけだった」【連載 第29回】

 母親のことを「あの、たぬきババア」と呼ぶ毒蝮さん。そこには最大限の愛情と親しみが込められている。「お世辞にも良妻賢母とは言えない」とのことだが、あらためて振り返ったことでたくさんの魅力に気づいたとも。最新刊『たぬきババアとゴリおやじ 俺とおやじとおふくろの昭和物語』が好調の毒蝮さんが、母親への感謝を語る。(聞き手・石原壮一郎)

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おふくろの口癖を座右の銘にしている

 おふくろは「ひさ」って名前なんだけど、おやじがおふくろを名前で呼んだのは聞いたことがない。いつも「たぬきババア」って言ってた。おやじとは再婚で、ふたりの兄は死別した前の旦那とのあいだにできた子どもだ。俺はわりと遅くできた子どもで一人っ子みたいなもんだから、けっこうかわいがってもらった覚えがある。

 おふくろは料理がからっきし苦手で、たまに天ぷらを作ったときなんて、おやじがよく「この芋の天ぷら、背骨がありやがる」って言ってた。掃除も洗濯も「できればやりたくない」って性分だったし、朝寝坊はするし、それでいて向こう気が強くてすぐおやじに食ってかかる。お世辞にも「良妻賢母」ってタイプじゃなかったな。

 だけど、情に厚くて人に親切ってところは、我が母親ながらたいしたもんだと思う。「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするように」が口癖だった。「病気の人を見たら、自分の代わりに病気を身に受けてくれてるんだ、自分の不幸を代わりに背負ってくれてるんだと思うんだよ」とも、よく言ってた。このふたつの言葉は、今でも俺の座右の銘になってる。

 戦後すぐに大工のおやじが家を建て増しして、しるこ屋をやるって言い出した。店の名前は「たぬき」。吉原の遊郭が近かったから、昼下がりにはお女郎さんたちがよく来てた。しるこって言ったって小豆なんてほとんど入ってないし、サッカリンで甘みをつけたまがい物なんだけど、彼女たちはおふくろと話をするのが楽しみだったみたいだ。

おふくろが持っていた「話を聞く力」

 当時のお女郎さんだから、幸せな生い立ちの人はいないよ。しょぼいしるこ屋に来るぐらいだから、売れっ子でもない。そういう女の人たちの身の上話や相談を、おふくろは「うん、うん」って親身になって、時にはいっしょに涙を流して聞いてた。俺は子どもだったけど、「話を聞く」っていうのはつらい人を救う力があるんだなと思ったな。

 ちょっとホメ過ぎたから、いかにとんでもなかったかって話もしておくと、結婚前にカミさんを家に連れて行ったら、たぬきババアが冷蔵庫から何か出してきた。「これ、お食べ」ってちゃぶ台に置いたのが、俺が前の日にテレビ局でもらってきた弁当の残りだ。べつに意地悪してるわけじゃない。おふくろなりに歓迎の気持ちを示してるつもりなんだ。

 あとでカミさんは「あなたのおうち、変わってるわね」って驚いてた。「えらいとこに来ることになっちゃったな」って思ったんじゃいかな。俺はずっとその家で育ってきたから、そういうのが普通だと思ってたけど。たぬきババアとゴリおやじがかなりのクセモノだってことに気づいたのは、大人になってしばらくしてからだね。

 俺がラジオの中継で「ジジイ、ババア」って言うようになったのは、1973(昭和48)年の夏におふくろが死んだのがきっかけだった。1週間の休みをもらって「ミュージックプレゼント」に復帰した日かな、中継場所のスーパーには暇な年寄りが集まってる。その中に騒々しいババアがいて、「ウチのババアはくたばったのに、このババアは憎たらしいほど元気だな」と思ってたら、無意識のうちに「うるせえな、ババア」って言ってた。

 本当は公共の電波で、そんな言葉を使っちゃいけない。俺の「ジジイ、ババア」が許されてるのは、みんなが本音で暮らしている下町で、型にはまらないおやじとおふくろに育てられた素地があるからだと思ってる。日常の言葉として身近にあったから、「きたねえババアだな」って言っても、そこに親しみや敬意を感じてもらえるんじゃないかな。

 当たり前だけど、最初の頃は抗議の電話もずいぶんあったらしい。でも、局やスタッフが「マムシさんはあれでいいんです」って守ってくれたし、そのほうがマムシらしいと判断してくれた。おかげで50年以上も続いている。ありがたいことだ。あの両親のおかげで、こんなマムシになれた。生きてるうちに、ちゃんとお礼言ってやればよかったな。

 おふくろの墓は谷中の寺にある。自分で見つけてきた墓所で、あろうことか前の旦那の墓のすぐ近くだ。おふくろに連れられて、子どもの頃から何度も墓参りに行ったことがある。おやじは知ってたのかどうかわからないけど、いっしょに来たことはなかった。

 でも結局、あとから死んだおやじも、おふくろと同じ墓に入っている。おふくろにしてみりゃ、死んでも二夫にまみえてやがるわけだ。おやじは、きっと「知ったこっちゃねえや」て顔で入ってるんだろうな。死んでからも型にはまらず自由にやってんだから、ふたりともたいしたもんだよ。

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毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)

1936年東京生まれ(品川生まれ浅草育ち)。俳優・タレント。聖徳大学客員教授。日大芸術学部映画学科卒。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の隊員役など、本名の「石井伊吉」で俳優としてテレビや映画で活躍。「笑点」で座布団運びをしていた1968年に、司会の立川談志の助言で現在の芸名に改名した。1969年10月からパーソナリティを務めているTBSラジオの「ミュージックプレゼント」は、現在『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』内で毎月最終土曜日の10時台に放送中。84歳の現在も、ラジオ、テレビ、講演、大学での講義など精力的に活躍中。最新刊『たぬきババアとゴリおやじ 俺とおやじとおふくろの昭和物語』(学研プラス)は幅広い年代に大好評!

毒蝮さんの著書「たぬきババアとゴリおやじ」の書影

大好評発売中!

たぬきババアとゴリおやじ 俺とおやじとおふくろの昭和物語

取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)

1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。この連載では蝮さんの言葉を通じて、高齢者に対する大人力とは何かを探求している。

撮影/政川慎治

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