健康寿命1位へ「長野県」の秘密|そば店が多い、魚代わりにおやき、野沢菜漬けの力ほか
102才になっても畑仕事をする
46年にわたって長野県茅野市の病院で医療にあたる鎌田さんは、長野県民がみるみるうちに健康になっていくさまを見つめ続けてきた。
「この地に赴任した当時、県民の健康意識は決して高くなく、なんとかしようと診療後の夜に各地の公民館に出向いて減塩を説いてまわっていました。にもかかわらず、終了後のお茶の時間になると、山盛りの野沢菜がしょうゆをたっぷりかけて出てきたものです(笑い)」(鎌田さん)
そんな状態から鎌田さんは少しずつ県民の意識を変え、行動変容をはかった。具だくさんのみそ汁で野菜を多く摂るよう提案することをはじめとして、卵を食事に取り入れて良質なたんぱく質を摂ること、塩分を控えて薄味にしていくことを軸に進めていった。
「保健師さんや保健補導員さんという住民ボランティアの地道な努力によって1日の食塩量を減らすことに成功。脳出血は激減していきました。それと同時に行政が浸透をはかった『歩け歩け運動』など体を動かす習慣がもたらした部分も小さくなかったと言えます」(鎌田さん)
特に歩行については研究が進んでいる。信州大学が提唱する“インターバル歩行”という運動法は普通に歩くよりも効果が高いとされ、3分ごとに歩くスピードを「ゆっくり」「早歩き」と変化させる。このほか、筋肉を使ったときに出る物質「マイオカイン」が認知症予防やがんのリスクを低減するという最新の研究結果を示し説き、スクワットを根づかせたりもした。これらが功を奏し、今日の「健康県・長野」が実現したのだ。
「つまり、医療というよりは食と運動から県民の健康状態が改善していったのです」(鎌田さん)
実際、長野は全国的に見ても病院が少なく、県立のがんセンターもない。それだけ、一人ひとりの健康意識が高まっており、病院に頼らずとも健康でいられるということの表れなのだろう。このほかにも、各市町村が自治体単位で独自のユニークな取り組みを行っているのも長野県の特徴だ。
たとえば国宝・松本城を擁する松本市は「健康寿命延伸都市」のスローガンを掲げ、独自のウオーキングコースとその見どころを紹介している。もちろん「具だくさんみそ汁運動」など食生活の改善も忘れていない。長野県のほぼ中央に位置する塩尻市は、県内でも特に長い健康寿命を誇る。同市では行政が主体となってラジオ体操の普及に力を注いでいる。ラジオ体操への参加や健診受診でポイントが貯まる「しおじり健康応援ポイント」というポイント制度を立ち上げた。貯まると景品と交換できる仕組みだ。
「実はラジオ体操は第1、第2がそれぞれ3分、合わせてたったの6分間なのに、そのカロリー消費量は約22.8kcalもあります。市ではラジオ体操第1のポイントを指導しており、胸を開くポーズは肩甲骨を意識する、背を伸ばすポーズは体の軸を意識するなど、どう気をつけて行えばストレッチや筋力アップの効果があるかを指導しています」(塩尻市担当者)
生活習慣病予防の啓発活動や健康寿命を延ばすことを目的とする優れた取り組みを評価する厚労省・スポーツ庁主催の「健康寿命をのばそう! アワード」を受賞している同県箕輪町は、通年参加型の健康教室「健康アカデミー」を開催している。
「食事や運動など体のメカニズムに基づいた健康づくり習慣を学ぶほか、運動プログラムによるトレーニングも実施しています。5月入学、翌年2月卒業の10か月のカリキュラムですが、健康教育だけでなく受講生同士のコミュニケーションを重視するため、仲間づくりと卒業後の継続した健康づくりにつながっています」(箕輪町担当者)
「男性長寿日本一の村」といわれたこともある松川村は住民自らの健康活動が活発だ。松川村役場健康推進係の平林大毅さんが言う。
「高齢者はもちろん、全年齢に向け、趣味や運動などの活動が盛んに行われており、マレットゴルフやヨガ、美術会などさまざまなジャンルのサークルがあり、秋の村の文化祭はステージでの発表や展示で賑わいます」
こうした健康への取り組みのほか、都会暮らしの人たちにはない、日常的に体を動かす習慣が長野県民にはある。白澤さんが言う。
「長野の地形は傾斜地が多く、歩くだけでも知らず知らずのうちにかなりの運動になっている。そして、主な産業は農業。多くの人が高齢になっても畑に出て農作業をするため、自然と体を使う。畑に出るということが生活そのものであり、生涯現役的な考えを多くの人が持っています。それができなくなったら人生終わり、という観念を持っている。それが結果的に長寿に結びついているのではないか」
松川村の平林さんも、長野県民の「生涯現役魂」を目の当たりにした1人。
「私の祖母は102才まで生きたのですが、ずっと現役で畑に出たり庭の草取りをしていたことを覚えています。気を使って“無理しなくていいから、家の中に入りなよ”と声をかけようものなら、“仕事を取り上げるのか”といつも怒られました(笑い)」
いくつになっても自分の手でお金を稼げるのも、健康でいようとするモチベーションになる。鎌田さんが言う。
「5年前の話になりますが、外来にやってきたおばあさんが“今日は20万円も稼いだ”とホクホク顔でパセリを持ってきてくれた。どうやらその日はパセリが高値で売れたらしいんですね。この出来事以来、自分で働いてお金を手にするという行為は、長寿に貢献するんだなと実感するようになりました」