在宅介護の新常識|「外出」と「来客」を どれだけ減らせるかがポイント
介護のプロたちが運営する施設だから安心―この常識も、新型コロナが打ち砕いた。ウイルスの感染に関しては、人が集まることそのものがリスクだ。実際、複数の介護施設でクラスターが発生し、死者も出た。そこで代替案となるのが、「在宅介護」だ。施設離れが加速するであろうコロナ後の世界における、在宅介護の新常識を探る。
在宅介護の新常識【訪問介護】
ヘルパーに頼る→とことん機械に
在宅介護は訪問ヘルパーのサービスなしでは成り立たないといっていい。ただ、不特定多数との接触があるヘルパーの仕事は、常に感染リスクと隣り合わせだ。つまり要介護者はヘルパーのサービスを受けるたび、感染のリスクに晒される。
「ケアプランセンターこころ」のケアマネジャー・沖野建三氏は次のように指摘する。
「介護は密着密接が前提ですが、とくに排泄介助は新型コロナ感染以外のリスクも伴います。排泄介助の不備によって、ヘルパーがノロウイルスに感染し、そこから広げてしまうといったことにもなりかねない」
こうした感染リスクを軽減させる究極の方法は、排泄物と人との接触をなくすことだ。
「今後はおむつ交換から人の手を排除していくことを考えなければならない」(同前)
そこで注目されているのが、各種の排泄支援機器だ。多くの製品を見てきた沖野氏が自分も使ってみたいと考えたのが、「リバティひまわり」だ。
開発元であるリバティソリューションの池田太樹会長に話を聞いた。
「我々は“シャワーパンツ”と呼んでいますが、下半身に装着するカップユニットに内蔵されたセンサーが排尿や排便を検知して、全自動で排泄物を吸引し、局部をシャワーで洗浄して、乾燥します。介助者がおむつを替えることはなく、本体に溜まった汚物を捨てるだけなので家庭内の感染リスクも減らせます」
手厚い家族介護ばかりが愛情とはいえなくなってきた。人の手を省くことが家族を守ることにもなる。前出の沖野氏は次のように話す。
「排泄は人間の尊厳の根幹に触れる行為です。これを他人に任せるのは、心に傷を受けることでもある。ロボットに代替できるならそちらを望む方は少なくありません」
今後は「全自動」が当たり前の時代がくるかもしれない。
在宅介護の新常識【医療】
すぐ医者を呼ぶ→まずLINE相談
在宅介護と施設介護を比べたとき、医療体制の不安は圧倒的に在宅介護のほうが大きい。施設であれば医療従事者を常駐させる場合も多いし、提携の医療機関をいつでも利用できる体制を整えている。
一方、在宅では、医療へのアクセスが悪くなりがちだ。かかりつけ医を持っていても、“ちょっと熱がある”くらいでは、病院にかからず我慢してしまうこともあるだろう。“小さな我慢”が後々大きな病気につながることもある。
そこで、今後活用が広がっていくと考えられるのがオンラインでの有料の健康相談サービスだ。ヤフージャパンは24時間オンライン上で直接医師に相談ができる『かんたん医療相談』を展開している。メッセージアプリLINEが運用する『LINEヘルスケア』も同様のサービスだ。新型コロナの拡大で、感染リスクの高いとされる医療機関に極力行きたくないというユーザーに重宝されている。
医師によるオンライン診療も拡大している。実際に行なっているマールクリニック横須賀の水野靖大院長の話。
「在宅介護で暮らしている人は比較的症状が安定している人が多い。もちろんそれでも不安な状況は生まれるので、スマホに専用のアプリを導入していれば、連絡をいただいたその場でテレビ電話機能を使い、顔色を拝見しながら診察できます」
感染予防の側面から見ると、直接会って診察を受けるより低リスクだ。ただ、採血などの検査やすぐに必要な投薬などの治療をオンラインで行なうことはできない。
「オンライン診療をうまく活用し、本当に治療が必要な方だけ来院、往診するのが理想です」(同前)
“なるべく早く医者に行く”から“まずはオンライン相談・診療”で感染リスクを下げるのだ。
→在宅医療でここまでできる|内科、歯科、眼科、健診も!ステイホーム医療最新事情
在宅介護の新常識【デイサービス】
できるだけ通う→回数を減らす
在宅介護の場合、訪問ヘルパーと、入浴やリハビリ、レクリエーションなどを提供するデイサービスを組み合わせて使うのが一般的だ。しかし、感染リスクを恐れて、デイサービスに通うことを自粛する利用者が続出している。
東京都小平市在住のAさん(80)は2歳年上で要介護2の夫と同居している。コロナ前は夫が週に4回、デイサービスに通っていたのだが、コロナの拡大後は感染リスクを考えて、週2回に減らした。
「本当はゼロにしてしまいたかったのですが、それでは私の手間が増えて生活できなくなってしまいます。週に2回だけはデイに通ってもらい、それ以外は訪問ヘルパーさんを増やして対応しています」(Aさん)
ここで問題になってくるのが介護保険サービスのルールだ。訪問介護のサービスはオムツ交換や食事介助などの「身体介護」と、掃除や調理の「生活援助」に大別される。そして同居人がいる場合、原則的に生活援助は提供されないことになっているのだ。簡単に言うと介護を受けていないAさんが同居しているので、掃除や洗濯などの訪問サービスは提供されないということだ。
「ただ、うちもいわゆる老々介護だから毎日が大変なんです」
とAさんは表情を曇らせる。こうしたケースで新たに活用できそうなのが、デイサービスの提供する保険外サービスだ。都内を中心に96か所のデイサービスを展開する「ヒューマンライフケア」の松坂哲史氏の解説。
「首都圏にある弊社直営のデイでは、保険外のサービスとして、持ち帰りのできるお弁当や、買い物のサービスを行なっています。お弁当は持って帰ってレンジで温めるだけ。お買い物はカタログを見て選んでもらい、次にいらっしゃるときまでにこちらで商品を受け取っておき、送迎時に持ち帰っていただくというものです」
こうしたサービスで同居家族の家事負担が減れば、結果として“デイに行く回数を減らして自宅で面倒を見る”が実現しやすくなる可能性がある。
在宅介護の新常識【ペット】
犬や猫の癒し→ロボットで代替
医師が必要と認めた場合、介護保険の訪問リハビリサービスを受けることができる。ただ、不特定多数の利用者と接触のあるリハビリスタッフと触れ合うことになるため、感染リスクはどうしてもつきものだ。そうしたなか注目されているのが「ロボットを使ってのリハビリ」だ。
特別養護老人ホームなどにも導入実績のある「LOVOT(ラボット)」は、AIを搭載したペット型ロボットである。
「これまでのロボットは固くて冷たくて無機質だったのですが、ラボットは柔らかくて温かい。AIと多くのセンサーを搭載しているので、触れ合い方によって様々な対応をしてくれます。重さ4キログラムのラボットは抱き上げたり、高い高いをすると喜びます。そうした機能をうまく使い、リハビリ中のお年寄りに抱き上げてもらうことで運動効果をあげている作業療法士さんもいらっしゃいます」(製造販売元のGROOVE X広報)
導入している特別養護老人ホーム「ほうらい苑」(和歌山市)の西村佳寿美理事長に聞いた。
「可愛いという人もいれば、ちょっと怖いという反応の人もいます。でも多くは可愛がってくれている印象です。本体の底についたタイヤで移動するのですが、抱き上げると自動的にタイヤを収納するので衛生的にも安心です」
たくさんなでてくれる人には懐いたり、叩く人には近づかなかったりと、反応も豊富だ。この触れ合いが認知機能の低下防止にも役立つ。高齢者にとって生身のペットは世話が大変だが、ロボットペットならその手間がない
在宅介護の新常識【徘徊リスク】
施設のほうが安心→事故保険を活用
約1万7500人―これは去年1年間で認知症やその疑いのある人が行方不明になったのべ人数だ。年々増加の一途をたどっている。出かけた先で事故に巻き込まれ、損害が出た場合は家族が訴えられるケースも出てくる。そうしたリスクは施設よりも在宅介護につきものだ。
“施設での感染リスク”を念頭に、在宅を選択する上では、最新の「徘徊リスクへの備え」を知っておきたい。
2017年の神奈川県大和市や愛知県大府市を皮切りに、独自の認知症保険を導入する自治体が増えている。自治体が保険料を全額負担する制度だ。富山県富山市や東京都葛飾区、中野区など、現在確認できるだけでも40ほどの自治体が導入、もしくは導入を検討している。最も早い時期に導入した大府市の高齢障がい支援課の神取阿依氏の説明。
「私どもの市が用意している『認知症等高齢者個人賠償責任保険』は、市が独自に大手保険会社と契約を交わすものです。市内にお住まいで、認知症と診断された方もしくは認知症の疑いがあり制度に登録した方が対象です。事前に申し出ていただき、保険料を市が負担します。現在90人ほどの方にご契約頂いています」
認知症患者がいわゆる徘徊などで出歩いた際に、物を壊すなどの損害を出してしまった場合、最大1億円が支払われる。同市では2007年、当時91歳の認知症の男性が列車にはねられ、鉄道会社から遺族が高額の損害賠償を求められる事件が起こった。一審では家族に監督義務があり、賠償金の支払いを命じる判決となった。裁判は最高裁まで争われ、最終的に家族側に監督責任はないとの判決が下った。とはいえ、損害が出た場合は家族が訴えられることがあるという事実は大きい。だからこそ、そのリスクに備えられる制度を活用することは重要だ。「感染リスクのある施設」か、「徘徊リスクのある在宅」かで悩む人たちにとって、一助となる可能性がある。
まとめ
このように、コロナ後の世界では介護の常識が激変する。感染を避けながら、生活の質を下げないためにどうすればいいのか。最新の情報を踏まえて、当事者と家族が考えていく必要がある。施設のほうが安心という常識は、自治体の保険制度などに安心を求めるという新常識に入れ替わり始めている。
取材/末並俊司(介護ジャーナリスト)と週刊ポスト取材班
※週刊ポスト2020年7月31・8月7日号
●新しい介護の様式|介護施設で感染を防ぐ最新対策|密”はこうして避ける