連載

認知症の母が炊く「ご飯」の不安な話|自粛中の3つの変化

 岩手・盛岡で1人暮らしをしている認知症の母を、東京から遠距離で介護をしてきた作家でブロガーの工藤広伸さん。毎月2度は帰省し、そのたびに1週間母と実家で過ごしてきたが、コロナ禍で帰省を自粛。3か月も母に会えないという不安な日々が続き、ある変化が…。

認知症の母が炊いた3合のご飯

新型コロナの影響で認知症が悪化!?

 慶應義塾大学の堀田聰子教授らが2020年5月に行った、新型コロナウイルスによる介護現場への影響調査によると、利用者の認知機能の低下があったと答えた事業所が46%もありました。

 母は、デイサービス、ヘルパーなど、介護保険サービスの利用はできています。しかし、わたしが帰省を自粛した影響で、ひとりで居る時間が長くなったため、調査結果同様、認知症の症状が悪化しているかもしれないという連絡が、岩手にいる妹から来ました。

会えない間の母の気になる3つの変化

 妹からのLINEには、こう書いてありました。

≪仏壇のある部屋の障子が取り外されて、なくなっていた≫

≪トイレにあったはずのパネルヒーターが見つからない≫

≪炊飯器でご飯が炊けなくなっている≫

 まず、重さ3kgはある木製の大きな障子戸を、母が外してしまったことが驚きでした。

 母は認知症のほかに、シャルコー・マリー・トゥース病という難病も抱えていて、手足の筋肉が萎縮しています。握力がないために、ペットボトルのふたがうまく開けられなかったり、牛乳パックが開けられなかったりします。

 そんな力のない母が、自分の身長よりも大きな障子戸を外してしまう理由は、おそらく暇を持て余すほど、ひとりで居る時間が長くなったからだと思います。

 母は暇になると、居間の模様替えをする習慣があります。いつもは、居間の飾り棚の中にある、こけしなどの置き物の配置を変えたり、写真立ての場所を変えたりする程度です。

 居間の模様替えをやり尽くし、時間が余ってしまったのでしょう。居間の隣にある、和室の模様替えまで始めてしまったのだと思います。確かに、障子には穴が開いていたのですが、来客がないのをいいことに、わたしは張り替えをしていませんでした。

 母は、未だにお客さんが家に来るという意識があるため、障子の穴は恥ずかしいという思いが働き、握力がないにも関わらず、障子戸を外してしまったのだと思います。

 トイレにあったパネルヒーターは、冬のヒートショック対策として、わたしが設置したものです。

 コンセントが便器の奥にあり、わたしでもコンセントを差し込むのに苦労する難作業なのですが、気温の上昇でヒーターが不要になったため、外してしまったようです。

 母にとって、これらの作業は大変だったはずですが、障子戸を外したことも、パネルヒーターを片づけた場所も、全く覚えていないようです。パネルヒーターは未だに見つかっていないので、実家へ帰ったら、ヒーター探しから始めようと思っています。

 そして何より一番心配になったのが、母が「ご飯を炊けなくなった」という報告です。

→認知症の母が作った不思議な夕食に心がざわついた話

認知症の母が愛用する3合炊きの炊飯器が…

 ご飯を炊けなくなってしまうと、母の今後の食事について考えなくてはなりません。ヘルパーさんに食事の準備をしてもらったり、宅配弁当サービスを利用したりする必要があるかもしれません。

 先日は、さらに妹から炊飯器の釜をガスレンジの上に乗せて、火を付けそうになったという報告もありました。

 炊飯器を使う前に、土鍋でご飯を炊いていた時期があり、以前も同じことがあったので、こちらはそれほど驚くことではありませんでした。

 こうした3つの変化の連絡を受けたこと、そもそも3か月も実家へ帰れず、母の様子を生で見られないことが重なり、わたしも珍しく不安な毎日を送っています。それでも、帰省の自粛を続ける理由があります。

→いくらかかる?認知症母の遠距離介護1か月の費用を大公開!

認知症の進行をそれほど心配していない理由

 母にもし、認知症の症状の大きな変化があるのなら、医療・介護職の皆さんからわたしに連絡があるはずです。今のところ連絡はありませんし、医療・介護職の方と接している間は、以前の母と変わらないのだと思います。

 妹が母の小さな変化に気づけるのは、一緒に居る時間が長いからです。意外と普通の生活を送っている時間のほうが長いかもしれません。

 家族である妹だけが、認知症の症状の変化に気づくレベルであれば、それほど認知機能の低下を恐れなくてもいいのでは?とわたしは判断しています。

いつもたっぷり3合ご飯を炊いた母

 6月19日に、都道府県をまたぐ移動の自粛が解除されました。すぐ帰省したい気持ちでいっぱいでしたが、母が利用している介護事業所が、わたしと母の接触を認めるかどうかを確認してからでないと、帰れません。

 母の担当ケアマネジャーに、各事業所の方針を確認してもらっています。母の認知症の症状はそれほど悪化していないと思っていますが、1日も早く帰って、母の顔を見たいです。

 母は1人暮らしでも、ご飯を必ず3合炊く習慣があります。母と息子の2人だけなのに、3合もいらないよ!と思いながらも、母が自分でできることは続けて欲しいという思いから、ずっと一緒にたくさんのご飯を食べてきました。

 ご飯が全く炊けなくなってしまったのか、たまに忘れる程度なのかまでは把握できていないので、実家へ帰省できたら、まっさきに母にご飯を炊いてもらおうと思っています。

 今日もしれっと、しれっと。

→工藤広伸さんの他の記事を読む

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

●息子が認知症の母のために何度もカレーを作る深い理由

●介護者が病気になったら|無理をしないために備えておきたい3つのこと

●「ものわすれ外来」待合室の人間ドラマ わたしが出会った人たち

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