スキンケアで「唾液の分泌量40%増加」資生堂・化粧のもつ力を立証した経緯と実例【想いよ届け!~挑戦者たちの声~Vol.4中編】
「化粧のもつ力で高齢者を元気に」。そんな目標を掲げ、全国で「化粧療法」の普及に取り組む資生堂。同社の社会活動企画推進グループで、化粧療法のエビデンスをもとにした美容教室の普及に奔走する深沢久美子さんと成田美由紀さんにお話を伺った。
スキンケアとメイクで高齢者が元気になった実例
「当社は、介護施設や大学などと協力しながら化粧が高齢者にもたらす効果を研究し、データを蓄積していきました。その結果、『化粧療法』には、心と脳、身体、口腔機能の4つに効果があるというエビデンスが立証されました」(深沢さん)
同グループのグループマネージャーを務める深沢久美子さんが続ける。
「これらのエビデンスから、スキンケアやメイクによって、日常生活でできることが増え、生活の質(QOL)も高まっていく、好循環が生まれると考えられます」(深沢さん)
具体的な効果について、さらに掘り下げて解説いただいた。
【1】心「3か月後には健康を実感する人が増えた」
「スキンケアによって肌の調子が良くなったり、化粧をしてキレイになったりすると、自分に自信が持てるようになって気持ちが明るく変化しますよね。こうした心の変化については、数値化しにくいとされていましたが、3か月間化粧療法を続けることでいい結果があらわれています」
こう語るのは、同社の社会活動企画推進グループで「化粧療法」を世に広める活動を担っている成田美由紀さんだ。
「化粧療法を実施したグループは実施していないグループと比べて、「自分は健康だ」と感じる健康度自己評価がアップしています。さらに、うつ状態を示す『抗うつ性尺度』も大きく下がっていることが判明しました。
【2】脳「メイクは脳のあらゆる部分に刺激が」
「どんな化粧品を使うか考えたり、化粧品を手に持って動かしたり、また化粧をしたあとにさっぱりする、冷たいといった感触を得たりします。もちろん化粧をしている自分を鏡で見つめる、化粧した状態で人と会って会話もしますよね。
こうした行動によって、脳のあらゆる部分を活性化し、認知機能の改善につながることもわかっています」(成田さん)
【3】身体「化粧動作は食事の2~3倍の筋力を使う」
「日々の化粧水や乳液をつけたり、メイクで指や手、腕を動かしたりする動作は筋力を必要とするため、正しい方法で毎日続けることで身体機能のアップにつながります。また、口腔機能にもいい効果をもたらす結果が出ています」(深沢さん)
「70代女性を対象とした測定の結果から、高齢者が化粧をするときは、食事時の動作の2〜3倍の筋力を使うことがわかったんです。
食事をするときには、上腕二頭筋は筋肉量の10.2%を使用しています。ところがメイクアップ動作では27.6%、スキンケア動作にいたっては35.4%も使っています。食事をするよりも化粧をするほうが腕の力を使うわけです。
化粧療法のメソッドでは、首回りにもしっかり化粧水や乳液を塗っていただくのですが、とくに首に乳液を塗布するのには多くの筋力を使うんです。高齢者の場合、70%近い筋肉を使わなければうまく塗布できないことがわかりました」
実際にやってみるとよくわかりますよ」と、成田さんが化粧療法にもとづくスキンケアの手順を教えてくれた。
「化粧水や乳液を塗るとき、両手で首元から上へ向かって手のひらで塗布します。この動作は普段はあまり意識していないと思いますが、結構筋力を使いますよ」と、成田さん
早速記者もスキンケアの手の動きを実践してみた。まず、首筋に手を当て、その手を首に密着させながら、あごのほうまで動かしてみる。この動作だけでも結構な労力、力こぶの辺りに結構力が入っていることがわかる。化粧品を手に持ち、握り、開けるといった動作にも意外と力を使っていると実感した。
「施設の入所者のかたたちに2週間に1度の化粧療法のプログラムを体験してもらい、3か月後に握力を測定したところ、開始前は平均8.5kgだった握力が10.9kgに上昇していました。自分の体を支えたり、モノを持ったりするのに最低限必要な握力といわれる10kgを超えると、高齢者は自らできることが増えるといわれています」(成田さん)
【4】口腔「口腔機能の変化に、驚きの連続」
化粧療法には心や脳、身体だけでなく「口腔」にもポジティブな効果をもたらす。成田さんが目の当たりにした介護現場でのエピソードを振り返る。
「とくに驚いたのは、ある利用者さんの口元の変化でした。持病や麻痺などの影響から口元が閉じられず舌が少し出てしまう症状のある高齢の女性がお二人いらっしゃいました。3か月間、毎日化粧療法を続けると、お二人ともしっかりと口を閉じることができるようになったんです。
口腔機能に関しては、当初は着目していなかったんですね。調査を進めていくうちに、ある施設のスタッフから、測定対象の入居者さんたちが、『だんだん太ってきているように感じる』という声が上がったんです。
研究所にフィードバックしたところ、『化粧によって口の中にも何らかの変化があるのではないか』と、改めて口腔機能についての測定を実施することになったんです。
心と脳、身体に関する変化は実感していたのですが、改めて口腔機能を調査してみると、化粧をした後に40%もの唾液が増えることが判明しました」
「唾液腺は乳液などをつける頬や首の部分に広く分布しているので、乳液をつけているだけでも知らず知らずのうちに唾液腺を刺激し、結果として唾液が増えるようになると考えられます。
さらに唾液の成分を解析すると、飲み込む際に必要なサブスタンスPという神経伝達物質も増えていたことがわかりました。
唾液が増えた結果、食べ物をしっかり飲み込むことができるようになり、嚥下機能の改善に繋がりました。口や喉の筋肉の動きもよくなり、結果的に、前述の二人の女性は口を閉じられるようになったのだと思います」(成田さん)
毎日のスキンケアやメイクによって、口腔機能が改善されることが実証されたというわけだ。
継続することで要介護度にも好影響
同グループのマネージャーを務める深沢久美子さんがさらに解説する。
「唾液を増やすマッサージそのものを日常生活に取り入れるのは難しいですよね。その点、スキンケアの中に、唾液腺を刺激する動作を取り入れることで生活に定着しやすいだろうと検証した結果、『83%の高齢者が3か月後も継続して実施できた』という数値も出ているんです。
化粧療法を続けたことで、要介護度が大きく改善した事例も見られました。
また、常に見守りやサポートが必要だったかたが、自立に近い状態まで改善した成果が出るなど、介護者の負担の軽減につながった事例も生まれました」(深沢さん)
化粧療法をもとに企画した美容教室
こうした「化粧療法」のエビデンスをもとにプログラムを構築し、2013年から全国各地で開催しているのが『いきいき美容教室』だ。
「美容教室では、全国各地に点在する専門スタッフが講師となり『何才になっても簡単に実現できるテクニック』をお伝えしています。
簡単なストレッチやスキンケア、メイクアップなどの方法をわかりやすくお伝えするほか、参加されたかたの心身機能の維持、社会交流なども目指しています。
一緒に喜んだり褒め合ったりといった認知症のリハビリにも活用されているメソッドも取り入れているんです。
教室で使用するアイテムは高齢者が安心・安全かつ手軽に使用でき、筋力の維持・向上につながるものを検証したうえで使用しています」(深沢さん)
使用されているスキンケアやメイクアイテムは同社のシニア世代向け人気ブランド『プリオール』が中心だ。
全国に広がる化粧療法の力を実際に体験できる『いきいき美容教室』。普及拡大のために同社がさらに力を入れている自治体との連携について、次回詳しくお伝えする。
撮影/柴田和衣子、取材・文/斉藤俊明