連載

「ものわすれ外来」待合室の人間ドラマ わたしが出会った人たち

 認知症の母を盛岡ー東京の遠距離で介護し、その経験をブログや書籍などで発信している工藤広伸さん。家族の視点で”気づいた”、”学んだ”エピソードの数々は、とても役に立つと評判だ。当サイトのシリーズ「息子の遠距離介護サバイバル術」でも、介護中の人へのアドバイスのみならず、介護を始める前の人にも知ってもらいたいことが満載。

 今回は母に付き添って行った「ものわすれ外来」でのお話。待合室で出会う人たちを見て思うこととは?認知症介護をする者同士だから見える世界があるかもしれない。

  * * *

 認知症に関する問診や検査、診断を行う「ものわすれ外来」。受診時間を予約しているにも関わらず、時間通りに診察が始まらないことがあります。

 診察までの待ち時間が長くなると、認知症の人が病院の廊下をウロウロしたり、イライラしたりする姿を待合室で見かけます。

 認知症の診察は、特に問診が大切と言われているくらいなので、待ち時間が長いということは、医師は認知症の人やそのご家族との問診をきちんとしていると考え、わたしは診察時間が短い医師よりも信頼できると思っています。

 そんな病院の待合室で待ち時間のあいだに、わたしが実際に遭遇した認知症の人とそのご家族のドラマをご紹介します。

元パイロットだったと語るおじいさん

 「わたしは87才でね、戦争の時はパイロットでさぁ」

 このものわすれ外来の待合室は、テーブルを囲むようにして座るタイプで、話しかけてきた男性の目の前に、ちょうどわたしと母が座っていました。

 突然話しかけられわたしは驚いたのですが、このおじいさんがものわすれ外来にいらっしゃることから、母と同じ認知症だろうと思いました。

 「そうでしたか!おじいさん、ひょっとして昭和3年生まれですか?」

 わたしがそう尋ねると、おじいさんは

 「昭和3年、5月10日生まれ」

 ご自身の誕生日を、ハッキリと答えてくれました。祖母の生まれた年と年齢が近かったことから、わたしは昭和3年とすぐ計算できたのです。

 年齢は毎年変わるものなので、認知症の人はよく間違います。しかし、認知症がある程度進行しても、決して変わらない誕生日だけは忘れない方もいます(※)。

→※参照記事:それ、認知症かも? 家族ならではの「認知症4つの見極め方」

 祖母は「大正12年」とだけ言うと、「9月22日」と自動的に誕生日を必ず答える人だったので、祖母と同じ反応だったことにまず驚きました。

 次に、病院の待合室にたまたまあった、戦艦武蔵と大和の本をおじいさんに見せてみました。

 「おじいさんは、本当にパイロットだったのだろうか?」という疑いの気持ちがわたしにはあったからです。おじいさんは、本を見ながらこうつぶやきました。

 「これは、航空母艦でねぇな」

 航空母艦の意味が分からなかったわたしは、スマートフォンで武蔵と大和について調べました。航空母艦とは、海上における航空基地の役割を果たす軍艦のこと。武蔵や大和は自ら攻撃するタイプの軍艦のため、航空母艦ではなかったのです。

 「おじいさん、本当にパイロットだったのかも」

 わたしはそう思いながらも、家族に連れられて診察室に入っていくおじいさんの姿を見て、こんなにしっかりわたしと話が出来ても、認知症なんだと思いました。

 母の診察の番になり、医師にこの待合室のやりとりを伝えたところ、

 「あの方は昔、パイロットだったんですよ」

 と言われ、おじいさんの話を疑ってしまったことを反省しました。

 戦争のような強烈な出来事は、どんなに認知症が進行しても決して忘れることはない。たとえ、昨日のことは覚えてなくても…。

父親を注意してばかりいる娘

 「なんか元気のない男の人が、座っているね」

 わたしは、ものわすれ外来の待合室で、隣に座っている母にこう話しかけました。しばらくすると、男性の隣に座っていた女性の声が聞こえてきました。

 「なんで、わたしの言うことが聞けないの!」「わたしはね、お父さんのためを思っていろいろ言ってるの!分かる?」

  父娘だったのです。お父さんはただ黙って話を聞いています。

 「ねぇ、聞いてるの?」

 娘さんはさらに問いただしますが、お父さんは一言二言だけボソッと返事をして、また黙り込んでしまいました。

 わたしはこの会話を聞いていたら、自分が怒られているような気分になり、その場から離れたい気持ちになりました。

 きっと娘さんは、認知症のお父さんのためを思って、口うるさく注意していたのだと思います。しかし、娘さんの表情や声のトーンが、ただ認知症の人を責めているようにしか見えなかったのです。

 わたしも認知症の母に対して、時には強い口調で注意してしまうこともあります。娘さんのこの対応は、わたしの反面教師となりました。母に優しくしようと思うきっかけになったのです。

穏やかな家族の横には穏やかな認知症の人がいる

 ものわすれ外来の待合室には、認知症の人やそのご家族、付き添いの介護職の方がいて、いろんな人間ドラマが繰り広げられています。

 今までいろんなご家族を見て感じるのは、穏やかなご家族の横には、穏やかな認知症の人がいて、怒りっぽい家族の横には怒りっぽい認知症の人がいる割合が高いように思います。

 「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがありますが、ものわすれ外来の待合室にいると、他の家族の認知症介護の良い点、悪い点がよく見えるような気がします。

 在宅で介護しているご家族は、他の家族がどんな認知症介護を実践しているのか、なかなか見る機会がありません。病院の待合室にはそのチャンスがあるので、待ち時間のあいだにそっと観察してみてください、思わぬ気づきが得られるかもしれません。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

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