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連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第31回 洗濯物語】

 若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが、日々の様子を綴る連載エッセイ。

 退職した兄は、ハローワークに通う以外はほとんど外出しない。家で過ごす兄を優しく、ときにちょい厳しく励ますツガエさんだが、何気ない日常の中に思いもしない出来事は潜んでいるらしく…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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3本の物干し竿を等間隔に水平で平行にするだけの話

 今日は日差しが温かい、お洗濯日和でございました。

 兄が会社勤めをやめて、よかったと思うことが1つございまして、それは圧倒的に兄の洗濯物が減ったことでございます。今は滅多に外出しないので、洗濯するのは部屋着オンリー。パジャマもないので着たきり雀で、しかもお風呂は3~4日に1回でございますし、「洗濯するから着替えて~」と言わない限り何日も着続けてくれるので、兄の洗濯は週1回で十分になりました。

 以前は、自分のも含めて週に4~5回は洗濯機を回しておりました。干し場が少ないので、こまめにしないと乾きが悪いという理由もございますが、なぜかすぐに洗濯物カゴが兄の服でいっぱいになっていたのでございます。

 前日着た服を覚えていられなくなり、着替えている間に洗濯してある服と区別がつかなくなり、ワイシャツもTシャツもパンツも靴下も2~3日分ごっそりカゴにいれてしまうのです。迷った末に前日と同じ服を着て出かけることもしばしば。兄が出勤した後「これ、たぶん昨日も洗ったし」と思いながら洗濯機を回しておりました。

 そのうち「これ臭い?」とワイシャツを鼻の前に突き出される朝が増えてきたので、突き出される前に「それ昨日着てたよ」と言えるように兄の着た服を覚えるようになりました。

 そんなことも今は昔。振り返ればつかの間のことでございます。今の兄は家でテレビを見る以外、何もしないのですから汗もかかなければ、汚すこともありません。洗濯回数は激減でございます。

 ただ、寝ている間も汗はかいているのでございまして、さすがに1週間着続けたTシャツやトレーナー、パンツや靴下はとにかく臭い。臭いというかクッサイ。そして汚い…。黒く汚れているわけではないけれど、汚いに決まっているので、その気持ち悪さから基本的に兄の物とわたくしの物は一緒には洗濯いたしません。思春期の娘が父親のそれを嫌うのとまったくおんなじ理由で、それはもう絶対でございます!

 もう少し頻繁に着替えを促すのが、正しい介護の在り方なのでしょうけれど「まぁ、冬の間はいいか…」と横着しております。もしやこれは虐待に値するのでしょうか?

 それはそうと、洗濯物を干しながらふと思い出したことがございました。

 年末、大掃除をした際、ベランダの掃除を兄にお願いしたときのことでございます。我が家には3本の物干し竿がかかっておりまして、左右の柱に5つの穴がある竿通しに、等間隔に水平で平行になるように竿を通しているのございますが、兄がベランダの掃除を終えた後見てみると、物干し竿も拭いてくれたようで中段の竿が斜めにかかっていたのでございます。

 ちょっと嫌な予感がして、兄を呼び「ねぇねぇ、真ん中の竿、おかしくない?」と言ってみました。すぐに「あ、そうだね」となると思いきや、兄はしげしげと竿を眺めて、「ン?何かおかしい?」と言ったのです。「真ん中だけ斜めになっているんだけど…」と言ってもピンとこない様子で、ベランダに出ていろんな角度から物干し竿を眺めていました。

「右と左に竿が通っている穴があるの見える?」とヒントを出してもまだわからず、「左右の穴の高さが違うから、同じ高さの穴に通してほしいの」と言ったのですが、何を言われているのかわからない様子でした。言い方が悪かったのかもしれません。

 その後いろいろ触り出したのですが、そもそも中段の一本だけが斜めになっていることが認識できていなかったとみえて、ちゃんと水平になっていた下段の竿の方を動かしてしまったり、元に戻して正解に近づいたかと思ったら、今度は中段を逆の斜め掛け。これがボケではなく大マジなのでございます。

「あ~、やっぱり水平や平行がわからないんだ」と思いました。

 じつは、母がそうだったのでございます。認知症の初期でしょうか、寝たきりになる前はよく洗濯物を干していた母ですが、物干し竿がしょっちゅう斜めにかかっておりました。もしかすると認知症あるあるでしょうか。それともこれも親子あるある?

 わたくしがやれば、秒で終わることですが、兄はなんだかんだ20分かかりました。途中「もういいわ」と言いたくなるのをグッと堪えて、やっと3本が等間隔に水平で平行になったときには、先が思いやられる疲労感に包まれました。手を出さずに導くことはとても根気が要ることでございまして、改めてわたくしには向いていない。大げさに言えば、弱点を突き付けられた気がいたしました。

つづく…(次回は3月12日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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