寿命を延ばす歩き方|1日1万歩は間違い。歩幅、早歩き、正しい靴選び がカギ
「長生きしたければ歩くのがいちばん」。長らくそういわれてきた私たちはせっせと足を動かしてきた。しかし、最新の研究によればただやみくもに歩けばいいというわけではないという。速度、歩幅、靴──長寿と歩行の専門家が明かす最強の「歩き方」とは?
目次
支援や介護を必要とする期間を減らすために5センチ歩幅を広げる
約7万人。これは日本における100才以上の人口だ。この数は今後も増えていくことが予想される。喜ばしいことであるのは事実だが、ただ長生きしたいわけではない。「最後まで健康に、人生を謳歌したい」とみんなが願っている。
日本人の平均寿命(2018年)は、女性が87.32才、男性が81.25才で、ともに過去最高を更新した。しかし一方で、健康な日常生活が送れる「健康寿命」は女性が74.79才、男性は72.14才。つまり、支援や介護を必要とする人生最後の期間が女性で約12年、男性で約9年もあるということだ。
この期間を少しでも減らすために、私たちは一体どうしたらいいのだろうか。
『たった5センチ歩幅を広げるだけで「元気に長生き」できる!』の著者で、国立環境研究所の主任研究員、谷口優さんは「そのカギは、一生歩ける体をつくること」と話す。
「歩くためには、筋力に加えて、足に司令を出すために『脳』の機能がしっかりしていることが必要です。また、自由に歩くことができなくなってくると、転倒や骨折、寝たきりになることもあるし、認知症になるリスクも高まります。裏を返せば、年を重ねても歩けるよう努力することで、脳も体も長く健康な状態に保つことができるのです」
とはいえ、ただやみくもに長い距離を歩けばいいわけではない。東京都健康長寿医療センター研究所の医学博士で、歩き方と健康の関係を長年研究してきた青栁幸利さんは「1日1万歩」は誤った認識だと指摘する。
「昔から『1日1万歩で健康になる』といわれてきましたが、それが当てはまらないケースも多い。私が研究を通して知り合った当時77才の旅館の女将さんは朝から晩まで旅館の中を動き回って、1万歩以上歩いていたにもかかわらず、気づかない間に骨粗しょう症になっていました。転んだ拍子に手首を骨折してしまったんです」
毎日、誰よりも動き回っていた女将が骨粗しょう症になったのは、歩き方や歩く環境が原因だったと考えられる。青栁さんが続ける。
「ウオーキングが骨密度の低下を防ぐ理由は、“骨に適度な刺激が加わるから”です。女将さんの場合、旅館の中は小股のすり足で、静かに歩いていたので、歩いても骨に刺激が与えられませんでした。もう1つの原因は、紫外線です。日光を浴びるとつくられるビタミンDが骨を丈夫にしますが、室内にいる時間が長いので、骨が弱くなってしまったのです」
つまりウオーキングは、正しい知識を持って、いつどこで、どう歩くかが大事であり、やり方を間違えれば体に悪影響ですらあるのだ。
長生きする「歩幅」は65~70cm
谷口さんの研究から、普段歩く時の「歩幅」と健康状態には、因果関係があることがわかっている。
「65才以上の男女を対象に調査を行ったところ、歩幅の狭い人が認知症になるリスクは、歩幅が広い人と比べて、2.12倍も高いことがわかりました。また、歩幅が一定に安定せず、無意識に歩幅が狭くなる人に、認知機能の障害がみられることもわかりました」(谷口さん)
歩幅が認知機能に関係する理由は、歩行が脳の機能に大きく影響しているからだと考えられる。谷口さんが続ける。
「私たちは普段、無意識に歩いていますが、歩くために脳と脚の間では情報のやりとりをしていて、脳の機能が低下すると、歩行機能に影響が出てきます。具体的には、認知症の症状はなく認知機能も正常な状態であっても脳の細かい血管が細くなって詰まる『ラクナ脳梗塞』や、脳の体積の減少、脳の血流の低下といった脳の障害があることによって、歩行には影響が出てくると考えられます。逆に言えば、歩幅を意識して歩くようにすれば、認知症の発症リスクの軽減が期待できます」
理想の歩幅は、身長や年齢、性別によっても多少異なるというが、65才以上であれば65cm以上あれば安心だ。それより若い人ならば70cmあればいいという。自分の歩幅は、横断歩道を使って簡単に調べることができる。
「歩幅とは、一方の足のかかとから、もう一方の足のかかとまでの長さのこと。横断歩道の白線部分の幅がおよそ45cmなので、普通に歩いて白線をまたいで歩けるなら問題ありません。靴の大きさが23cmの人なら、白線を越えられたら約45cmに23cmを足して歩幅が約68cmということ。白線より長く歩けた分は、こぶし1つを10cmとして計算してみるといいでしょう。大まかな計算でかまいません」(谷口さん)
自分の歩幅を調べたら、今よりプラス5cmを心がけてみてほしい。
「1日に5~10分でいいので、無理のない範囲で歩幅を意識して広げてみましょう。難しい場合は1~2cmでも大丈夫です」(谷口さん)
「早歩き」が病気を予防する
歩幅に加えて、「早歩き」も寿命を延ばすことがわかっている。
豪シドニー大学が約5万人のイギリス人を対象にした研究によれば、ゆっくり歩く人に比べて早く歩く人の死亡リスクは24%低いと報告されている。
「早歩きは、心臓に適度な負担を与え、血流の低下を防いで血栓ができにくい状態をつくる。そのため、心筋梗塞など心疾患のリスクを減らすと考えられます」(谷口さん)
歩幅を広げ、早歩きのウオーキングが体にいいとわかったが、やりすぎは禁物だ。
青栁さんの研究によれば、「1日8000歩、早歩き20分」が、効果的だという。
「20年にわたって日常の身体活動と病気の相関関係を調査した結果、1日8000歩を歩き、そのうち20分間の早歩きを取り入れることがもっとも健康的だとわかりました。認知症、脳卒中、がん、骨粗しょう症、高血圧など、多くの病気の予防につながります(下の相関図参照)。逆に普段それほど運動していない人が急に1万歩以上歩こうとするのは意味がないどころか、悪影響です。歩数が過度に増えると、免疫力が低下して病気にかかりやすくなるケースもあります」(青栁さん)
8000歩がキツいという人は、7000歩でもがんや認知症には効果があるため、実践してほしい。加えて、歩く時間帯は、朝よりも夕方の方が効果的だとも。
「ウオーキングの大きな目的は、平均体温を上げること。高齢になると平均体温は低下していきますが、体温が下がると免疫力が低下し、病気にかかりやすくなります。夕方の4~6時は人間の体温がいちばん上がる時間帯で、運動能力も高まっています。夕方に早歩きをすると、筋肉に刺激が与えられ、血液のめぐりもよくなります。夕方に体温を上げておくと、その日の寝つきもよくなります」(青栁さん)
とはいえ、夕方は仕事や家事で忙しい時間帯でもある。
「そんな場合は、日中や就寝2~3時間前でもかまいません。ただし起床後1時間以内は危険な時間帯なので避けた方がいい。体の水分が失われて血液がドロドロしている状態であるため、運動すると脳梗塞や心疾患のリスクが上がります。就寝前1時間以内も体温を下げて体が眠る準備をする時間帯なので、やめた方がいいですね」(青栁さん)
健康への取り組みは、無理のない範囲で長続きさせるのがコツ。雨の日は休んでもいいが、まずは「2か月」を目標に始めてみよう。
「体内には細胞の損傷を防いだり、エネルギー生産に影響を与えるなどの働きをしている『サーチュイン酵素』という酵素をつくる働きを持った通称“長寿遺伝子”が存在します。これは誰もが持っている遺伝子ですが、ほとんどの人は沈静化したままです。しかし、1日20分程度、早歩きなど中強度の運動を続けると長寿遺伝子が活性化することが証明されました。つまり、2か月歩くと、“長寿遺伝子”が目覚め、細胞が活性化して長生きできるということ。逆に2か月休むと、長寿遺伝子は眠ってしまいます」(青栁さん)
正しい靴の選び方
体重が増減で足のサイズが変わる場合も
いくら歩き方が正しくても、足に合わない靴を履けば、元も子もない。「みらいクリニック」で多くの患者に歩き方指導をしている院長の今井一彰さんは、
「靴のサイズを決めつけてしまっていることがいちばんの問題」と指摘する。
「脚の痛みで病院に来られる患者さんの多くは、サイズの合った靴を選んで履いていないかたが多い。特に女性に顕著なのは、普段のサイズが24cmだからといって、いつも24cmの靴を疑いなく購入する人。たとえ同じメーカーの靴でも、デザインや型番が違えば、木型も変わるし、サイズが異なります。もっといえば、体重が1㎏変わっただけでも、サイズが変わる場合もある」(今井さん)
加えて、靴のサイズは「○cm」といった「足長」で選ぶのが一般的だが、「足幅」も意識するようにしたい。その際、幅が狭すぎるのもダメだが、広すぎる靴も体によくない。今井さんが続ける。
「ラクだという理由でゆるい靴を選ぶ人もいますし、足の甲のアーチが平らになった“こんにゃく足”と呼ばれるタイプの人は、幅が広い靴を選びがちです。こんにゃく足の人は、座っている時の足幅は狭いのに、立つとアーチがなくなって、足の幅が広がるんです。しかし、幅広の靴を履いていると、さらに足幅を広げる原因になりかねません」
幅、長さともに足にぴったり合って、靴の中で足が動かないものを選ぶようにしよう。
「長さだけで靴を買うのは、ウエストをチェックせずに身長だけで洋服を選んでいるようなもの。スニーカーなら、靴ひもの穴が5個以上あり、足をしっかりホールドできるものがいいですね」(今井さん)
靴に表記されているサイズやワイズ(足囲)はあくまで参考程度に。実際に履いて合うかどうかが大事だ。
「よく『私の足囲は2Eだから2Eの靴でないとダメ』とおっしゃるかたもいますが、あまりこだわらない方がいいですね。ワイズはJIS規格ではありますが、メーカーによって異なることもあります。できれば5分以上の試し履きをして、ゆるすぎたりキツすぎたりしないかチェックすると安心です」(今井さん)
大腿骨を骨折すると1割は死ぬ
いい靴で「長生きする歩き方」を実践しても、土台となる体がしっかりしていなければ、意味がないどころか死を招く可能性すらある。
特に女性は年を重ねるごとに骨粗しょう症になるリスクが高くなり、筋力も落ちやすい。筋力がないのに歩くのは、危険な骨折につながりかねない。石部基実クリニック院長の石部基実さんが指摘する。
「骨折のなかでも怖いのが、脚の付け根部分にある骨を骨折する『大腿骨頸部(だいたいこつけいぶ)骨折』や『転子部(てんしぶ)骨折』です。女性の高齢者に多く、そのまま寝たきりになるかたもいて、およそ10%は1年以内に亡くなります」
だからこそ、足に合った靴で毎日歩くだけでなく、歩くための体づくり、つまり筋力アップも必要になる。石部さんが推奨するのは股関節周囲の筋力を強くする「グッド体操」だ。
【1】ひざ伸ばし体操
「まずは、仰向けに寝てひざを伸ばします。次に、ひざの後ろを床に押しつけるようにして、太もも表側の筋肉(大腿四頭筋)を意識して収縮させます。これを、15秒くらいの休憩をはさみながら、6秒間、3回行ってください。大腿四頭筋(だいたいしとうきん)を鍛える運動なので、座って行ってもかまいません。1週間に5日程度行えば、2か月ほどで筋力が23%アップします。ただし、心臓が悪い人は医師に相談してください」(石部さん)
【2】ひざ開き体操
次は、太ももと、お尻の外側にある筋肉を鍛える体操だ。
「まずは、仰向けに寝てひざを曲げます。次に、タオルやバンドを使って、指1本入る程度のすき間を空けて両ひざを縛ります。そこから、両脚を外側に開くように力を入れます。休憩をはさみながら、6秒間、3回行ってください」(石部さん)
【1】のひざ伸ばし体操と同じく、座ったまま行ってもOKだ。
【3】横上げ体操
「横向きに寝た体勢から、上側の脚を3~5秒かけてゆっくり上に持ち上げ、3~5秒かけて下げていきます。片脚が終わったら、寝る向きを逆にして同じように行ってください。片脚ずつ、10~15回、1日1セットを目安にしましょう」(石部さん)
脚をゆっくり上げ下げするのがポイントだが、意外とハード。難しい場合は脚を上げた状態で5秒キープするだけでもいい。
【4】前上げ体操
「股関節を曲げる筋肉を鍛える運動です。仰向けに寝た状態から、片脚を3~5秒かけてゆっくり上に持ち上げ、3~5秒かけて下げます。【3】と同じく、片脚ずつ10~15回、1日1セット。ゆっくりと行うのがコツです」(石部さん)
股関節に筋肉がつく「グッド体操」
【1】ひざ伸ばし体操
あお向けに寝てひざを伸ばす。ひざの後ろを床にくっつけるようにして、太ももの表の筋肉を収縮させる。
【2】ひざ開き体操
あお向けに寝てひざを曲げ、両ひざをひもやタオルで縛り、両脚を外側に開くように力を入れる。
【3】横上げ体操
横向きに寝て、上に来る脚を3~5秒間かけてゆっくり上げ、同じく3~5秒かけてゆっくり降ろす。反対側の脚も同じようにする。
【4】前上げ体操
あお向けに寝て、片脚を3~5秒間かけてゆっくり上げ、同じく3~5秒かけてゆっくり降ろす。反対側の脚も同じようにする。
猫背や腰痛改善に併せて行いたい「ゆびのば体操」
今井さんは足の指を伸ばすだけで猫背や腰痛を改善する「ゆびのば体操」を推奨する。
「靴や靴下の中で凝り固まり、ゆがんだ足指を伸ばすこの体操を実践しただけで、多くの患者さんが反り腰やO脚、ひざや股関節痛が改善し、特別な治療なしに元気に歩けるよになりました」(今井さん)
用意するのは、椅子だけでいいという。
「椅子に座って左足を内側に曲げて、右のひざの上に置きます。次に、左足の指に右手の指を絡め、足の裏側を優しく、ゆっくりと伸ばしていきましょう。伸びたところで5秒ほど止めた後、足の甲側も同様に伸ばします。これを15~20回ほど行ったら、次は反対の足も同様に行ってください。目安は両足で3分程度です」(今井さん)
元気に歩いて、人生100年を全うしよう!
「ゆびのば体操」のやり方
【1】座った状態で片足を太ももの上にしっかりのせる。
【2】足の指の間に反対側の手の指を入れ、優しく握る。この時、足指の根本にすき間が生まれるように注意する。
【3】指を入れたまま30度ほど足の裏側を優しく伸ばし、5秒キープ。この時、足の親指を手の母指球で押すとよい。
【4】足の甲側も同じように伸ばして5秒キープ。3と4を交互に15~20往復し、逆の足も同じように行う。
教えてくれた人
谷口優さん/国立環境研究所の主任研究員。著書に『たった5センチ歩幅を広げるだけで「元気に長生き」できる!』(サンマーク出版)がある。
青栁幸利さん/東京都健康長寿医療センター研究所の医学博士。長年、歩き方と健康の関係を研究してきた。
今井一彰さん/みらいクリニック(福岡市)院長。多くの患者に歩き方指導をしている。著書に『足腰が20歳若返る 足指のばし ー ゆびのば』(かんき出版)がある。
石部基実さん/整形外科医。石部基実クリニック(札幌市)院長。人工股関節手術の専門のクリニックを開業、股関節の痛みで悩む人の治療に積極的にかかわっている。
イラスト/飛鳥幸子
※女性セブン2020年2月13日号
https://josei7.com/