ひとり暮らしの認知症の母が準備した朝食が切なすぎた話
ここまでは母とわたしが一緒に居るときの話でしたが、母がひとりで生活しているときの朝食にも、認知症の症状が出る瞬間があります。
わたしは東京から盛岡の母の様子を、居間に設置した見守りカメラの映像をわたしのスマートフォンを使って1日3回以上チェックしています。
母は起きたらすぐに、居間のカーテンを開ける習慣があるので、カーテンが開いていれば、母は今日も元気に生きている証拠になります。
カメラをチェックしていてよく見かけるのは、母が東京に居るわたしの分まで朝食を作って、待っている姿です。
その姿を見かけたら、わたしは東京から盛岡の母に電話をして、「今日は東京にいるから、朝食はいらないよ」と言って、わたしの分の朝食を片づけてもらいます。
せっかく息子のために作った朝食を片づける母の背中をスマートフォン越しに見ていると、「あぁ・・・朝食を食べてあげられなくてごめん!」「盛岡に行けなくてごめん!」そんな気持ちになります。
最近は毎回電話をせずに、見守りカメラでジッと母の様子を見るようになりました。
東京のスマートフォンで母を観察し続けた結果、2人分の朝食を作って1時間が経っても誰も居間に現れない場合は、母が自ら異変に気づいて、朝食を片づけることが分かりました。
ある日のことです。
朝7時に、東京のスマートフォンから盛岡の母の様子をチェックしたら、いつもと様子が違います。居間にあるコタツの上に、箸がなぜか「3膳」も並んでいます。
2膳ならいつものことだけど、3膳って何だろう?
箸を3膳用意した母は、3人分の朝食を作り終え、来るはずのない他の2人を待っているようでした。他の2人とは、わたしとわたしの妹だと思われます。
この数日前、母は「昨日の夜、娘が家にいたよね」という妄想を、わたしに繰り返し話していたことを思い出しました。理由は分かりませんが、娘は家にいません。
母の頭の中では、小学校に通う幼いわたしと妹が、2階の子ども部屋から降りてきて、居間で朝食をとっていた遙か昔の記憶と重ね合わせた結果、3人分の朝食を用意してしまったのでしょう。
その日はデイサービスの日だったので、母は朝食をそのままの状態にして、デイサービスへ行きました。
デイサービスから帰ってきたら、さすがに朝食は片づけるだろうと思いながら、カメラ越しに母の様子を見ていたのですが、わたしと妹の分の朝食を残したまま夕食を食べ、寝てしまいました。
翌朝も3人分の箸は並んだままで、新しく目玉焼きを焼き、わたしと妹を待ち続ける母。まさか2日にわたって、来るはずのない子どもたちを待っているとは…。
さすがにわたしも切なくなり、盛岡に電話をしようと思ったのですが、その日はヘルパーさんが家に来ることになっていたため、電話をせずに見守りカメラで様子を見ていたら、ヘルパーさんが来る直前で、母は残った2人分の朝食を片づけたようでした。
この日の午後、東京から盛岡に移動したわたしは、着いてすぐに冷蔵庫の中を確認。誰も食べなかった目玉焼きが入っていました。母と一緒に食べようか悩んだのですが、翌朝もまた3人分の朝食を作るかもしれないと思い、母に見つからないよう、目玉焼きをそっと捨てました。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)