認知症の母親を息子が介護するとき「男はつらいよ」と思うこと
盛岡に住む認知症の母を東京から遠距離で介護し、ブログや書籍などでそのノウハウを紹介している工藤広伸さん。介護家族ならではの視点で紹介される介護術は、実用的で役に立つと評判で、全国で行っている講演会も盛況だ。祖母や父の介護経験もあり、知識やアイデアには定評のある工藤さんだが、母の介護においては、男性介護者として、時に戸惑ってしまうこともあるという。
今回は、“しれっと“介護をモットーとする工藤さんが抱える「困った」を特別に教えてもらった。
* * *
わたしのように息子が母親の介護をすると、
「あぁ~、母親の介護は女性の方が向いている!」
と思ってしまうことが何度もあります。女性にとっては平気であろうことでも、男性には大仕事になる、こんな苦労が待っている!という実体験をお話しします。
女子トイレでの介助
母は次の条件が揃わないと、ひとりで用を足せません。
・洋式トイレである(足が不自由でしゃがめない)
・壁伝いで便器の前まで到達できる(壁という支えがないと、立っていられない)
・トイレが初めから明るい(暗闇でトイレの照明スイッチを見つけられない)
もし女性なら、自らトイレに入って、照明スイッチを探し、便器の前まで母の歩行介助をして、トイレから一緒に出ることができます。しかし、わたしは男性なので、女子トイレの構造を知る従業員や店員か、トイレ付近にいる見知らぬ女性の援助が必要になります。
「すみません。足が不自由な母がトイレを使いたいのですが、こちらのトイレは洋式ですか?」
「足が不自由な母がトイレを使いたい」と忘れずに伝えなければ、女子トイレの中を知りたがる、怪しいおじさんと勘違いされかねないので、女性に声をかける時はいつも、細心の注意を払っています。
車椅子の方も使う多目的トイレがあればいいのですが、必ずあるとは限りませんし、むしろないことのほうが多いです。
こういった介護の困りごとを回避するためのものとして、厚生労働省発表の「介護マーク」(※)があります。介護者が「介護中」と書かれた紙を首からぶら下げ、周囲に介護中であることを知らせるためのものです。
※:「介護マーク」は、介護をする人が、介護中であることを周囲に理解してもらうため、静岡県で考案されたものを、厚生労働省が、各自治体を通じて普及を図っている。
わたしはこのマークが、世間一般に認知されていると思っていないので、介護マークをつけて女子トイレに入る勇気がありません。
自分が女性だったら、もっとラクに介護ができるのに…といつも思います。
“母親の生理”について話し合う
わが家は2年に1回のペースで、市のがん検診を母に受けてもらっているのですが、子宮頸がん検診で思わぬ壁にぶつかりました。
検診前の問診票に書いてあった「初潮の年齢と閉経の年齢はいくつの時か?」という問い。
母が認知症でなければ、何の問題もなく記入できたはずです。しかし、母は生理が何歳で始まって、何歳で終わったかを思い出せません。
「自分の母親の初潮や閉経の年齢まで、把握しておかなければダメなのか…」
女性なら抵抗ないと思うのですが、男性のわたしには苦痛でした。でも問診票に記入しなければならないので、ダメもとで母と話してみました。
わたし:「ねぇ、初潮の年齢って覚えてる?」
母:「ちょっと遅かったと思うのよ。13歳?いや14歳だったかな・・・」
わたし:「しーーーっ!声がでかいって!じゃぁ、13歳にしておこう」
まさか自分の母親と生理について語り合う日が来るなんて、夢にも思いませんでした。正直なところ、自分の母親の初潮や閉経の年齢なんて、知りたくもありません。
こんな時、女性だったら抵抗なく話ができると思います。それから子宮頸がん検診は何度もあったので慣れましたが、最初の衝撃は今でも忘れられません。
よく知らない化粧品をドラッグストアに買いに行く
母が長年愛用しているファンデーションと口紅。
デイサービスや外出前に必ず化粧をする母ですが、介護保険を使った訪問介護の買い物は日用品や食料品が基本で、お酒やたばこ、化粧品などの嗜好品の購入は依頼できません。
そのため、男性のわたしがドラッグストアで化粧品を購入するのですが、本当に難しい!メーカーも色数もたくさんあるうえに、ファンデーションはリキッドかパウダーかエマルジョンかクリームか…。エマルジョンって、なに?
あまりに分からないので、必ず化粧部員に声をかけて、目的の商品を一緒に探してもらいます。
「このおじさん、なんで化粧品買うの?」と若い化粧部員に思われているかどうかは分かりませんが、わたしはそんな空気を勝手に感じています。
ネット購入可能な化粧品であれば、第一選択としてネットを利用します。しかし、廃番になったり、ネットショップでの取扱いがなくなったりすることもあるので、未だにドラッグストアへ行きます。女性だったら、こんな苦労はしないと思います。
母親の介護をする息子は偉いのか?
男性介護者が増えているとはいえ、まだまだ世間一般では、女性が介護するイメージのほうが強いように思います。そのため、平日昼間に母とわたしが病院の待合室にいると、ご婦人から「まぁ、お母さん思いの息子さんね。偉いわね」とよく声をかけられます。
わたしは、苦笑いしながら「あ、ありがとうございます」と答えるのが日課になっていますが、女性の介護者なら、あまりこういった経験はないかもしれません。
なぜご婦人たちは、わたしに偉いと言うのか?
きっと「普通の男性なら、平日昼間は会社勤めしているはずなのに、わざわざ会社を休んでまで、お母さんの病院に付き添うなんて偉いわね。お嫁さんはなにをしているのかしら?」という意味が含まれているのではないかと思っています。
世の男性が、みんな会社員という時代でもないんですけどね…。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)
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