介護現場ルポ|特養「抜き打ち調査」に同行してきた
調査チームは足音を立てずに居室のトビラを開けて……
深夜0時半、真っ暗な駐車場を抜け、3階建ての建物の1階入り口に無言で近づく一団の姿がある。聞こえてくるのは、林の向こうからの虫の鳴き声だけ。
先頭の女性がインターホンを押す―。
しばらくすると職員らしき男性が現われた。
「あ、今日でしたか」
男性は驚くでもなく「どうぞ」と一団を招き入れた。
ここは社会福祉法人・生活クラブ風の村が運営する特養ホーム八街(千葉県八街市)だ。
特養の運営内容を評価する第三者機関「Uビジョン」は、調査項目に「深夜の抜き打ち調査」を盛り込んでいる。最低でも年に1度、会員施設に対し、予告なしの調査を敢行するのだ。
今回、その抜き打ち調査に同行した。
調査にあたるのはUビジョン理事長の本間郁子氏と、調査員の是枝祥子氏。特養ホーム八街の1階会議室で準備を整える。
「調査の時はスリッパを履かず、靴下を二重に履きます。入居者の方の部屋を一つひとつ開けて確認するから、なるべく足音が出ないようにしています」
と本間氏。
「臭い」「拘束の有無」「ナースコールの位置」などチェック!
首から小さなライトをさげ、チェックシートとボールペンを持って準備完了。
午前1時、調査は3階のユニットから始まった。
二重の靴下で廊下を歩き、居室の前で「入居者の氏名」を確認。引き戸をそっと開けて、「臭い」「拘束の有無」「ナースコールの位置」などを確かめる。ライトで手元を灯しながら、チェックシートに書き込んでいく。
3階を一通り確認すると、休むことなく2階へ。エレベーターの中で調査内容についてこう解説した。
「『臭い』の項目は特に便臭と尿臭。これがある施設はダメです。拘束はどの特養もなくなってきているけど、ベッドの四方を柵で囲う“四点柵”は今でも時々見かけます。さらにナースコールの位置が適切かどうかも重要。押せない場所にあるのでは、何の意味もありませんから」
「きちんと挨拶ができるか」「入居者に話しかける言葉遣いはどうか」「身だしなみに気を使っているか」
調査中に夜勤のスタッフとすれ違うこともある。
本間氏は気さくに「後で少し質問させて」と話しかける。この時、「きちんと挨拶ができるか」「入居者に話しかける場面があれば言葉遣いはどうか」「身だしなみに気を使っているか」なども確認する。
そして必ず聞くのがこの質問だ。
「ホームの理念を言ってみてください」
この日、質問を受けたスタッフの全員が、
「施設の運営方針は『もう一つの我が家』です。理念は『私たちは一人ひとりの個性と尊厳を尊重し……』」
と決して短くない文言を諳んじてみせた。
ユニットのリビングでは、冷蔵庫の中まで見る。
「一般家庭もそうですが、冷蔵庫の中を見るとその家のことが分かる。冷蔵庫の中が整理されていない家は、その他も雑然としています。中に入っている食品の賞味期限もチェックします」
調査のなかで気になった点は、夜勤のスタッフに質問を投げかける。
「◯◯さんの部屋でナースコールが手の届かない場所にあった。あれはなぜ?」
スタッフはすぐに、
「◯◯さんは入院から帰ってきたばかりで、手を動かすことができません。なので、見回りの回数を増やすことで対応しています」
と理由を答える。こうして入居者の状況をどれだけ把握しているのかも、明らかになってくる。
特養ホーム八街は2012年にUビジョンが定める最高レベル「悠」の承認第1号となった施設だ。
「世界に誇れるレベルの施設にしたいという思いで一緒にやってきただけあって、今回の調査はかなり高い評価になります」(本間氏)
スタッフの1人がいう。
「こうした調査があると、自分たちの気づかなかったことを指摘してもらえる。その効果を実感したので、月に一度、ベテランのスタッフが予告なく夜間のケア状況を確認する取り組みも始めた。そういう緊張感が、日々の介護にもプラスにはたらいていると思います」
老人ホームの良し悪しの判断は難しい。第三者機関の抜き打ち調査でチェックされるポイントは、利用者やその家族による施設選びにも、応用できそうだ。
※週刊ポスト2019年8月30日号