連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第4回 疑惑から確信へ」

 ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人暮らしを続けている。病気が発覚するまでの兄の変化や家族の気持ち、その後の日常を綴る連載エッセイ。「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

→第1回を読む
→第2回を読む

→第3回を読む

 * * *

住宅ローン問題勃発

 父亡き後、認知症の母が次第に様子を変えていき、兄のことよりも母の介護で手いっぱいになりました。わたくしは仕事を少なめに続けさせてもらいながら、母と向き合う毎日。介護をしていたというより彼女の言動や行動にわたくしが勝手にムカつき、勝手に振り回されていたように思います。

 そして父の死から1年半が経ち、母が寝たきりの要介護4になりかけた頃、兄がとんでもないことを言い出したのです。

「この家追い出されちゃうかもしれない」

 仕事から帰った兄が、思いつめたようにテーブルに着き、そう言ったので「どういうこと?」といろいろ聞いてみると、銀行にお金がなくてローンが落ちなかったとのこと。

「じゃ、銀行にお金を入れればいいんじゃない? そんなに簡単に追い出されないから大丈夫」となだめたのですが、兄はどの銀行からローンが落ちているかがわからなくなっていました。「いつもどうやってたの?」と聞いても外国人のように両手を広げて首をかしげるばかり。

 兄の認知症がわたくしの中で決定的になったのはこの時です。兄は57歳になっていました。

 家は亡き父と兄の共同名義。父が頭金をドンと出し、残りを兄が返済していたのですが、わたくしは返済のお金の流れを何も知りませんでした。兄宛ての郵便物をあさり、ローンを組んだ信託金庫を見つけて連絡をし、引き落とされている銀行にお金を入れました。この後は通帳を預かり、毎月わたくしが兄からお金をもらって通帳に入れることで住宅ローン問題は解決。でも、兄のお金の流れが不安になりました。

 兄の部屋には、多くの郵便物が開封されることなく積まれていました。この前後、カードローン会社や銀行から電話が頻繁にあり「携帯にかけてもご連絡がいただけないので、お電話していただけるようお伝えください」と言われていたのです。

「なるほどこういうことだったのか」と合点がいくと同時に、それが住宅ローンだけじゃないことを知りました。兄は、郵便物にしろ、電話にしろ、無視していればなんとかなるとでも思っているかのようでした。でも、今思えば、何をどうすればいいのか、順序立てて考えることができなくなっていたのだと思います。

 案の定、兄には借金が30~40万円残っていました。「昔、一時期荒れててパチンコで…」と笑っていましたが、明細を見るとひと月に1万円ずつ返済しているものの、元本は5000円ずつしか減っていません。このままでは完済まで倍の時間とお金がかかると思い、わたくしは「まとめて払えるお金はあるからカードは全部解約してほしい」と切々と訴えました。ですが、何を考えているのか、兄は数枚の明細書を手にして、飽きるほど眺めながら小さくなって黙っていました。この時間が過ぎれば許してもらえると思っている小2男子のようでした。わたくしは、この兄のだんまりにいつまでも付き合うことができず、半ば呆れてしまって、しばらく様子をみることにしました。

 その後も2~3社からかかってくる兄宛ての電話に「支払いが滞っているのでしょうか?」とストレートに聞いたこともありますが、「内容はご本人以外にはお伝え出来ません」と当然ながらシャットアウト。わたくしが男性だったら本人と区別できるんだろうか、と思いながら個人情報の壁になすすべがありません。

 個人情報保護法は認知症患者を持つ家族にとってはなかなかやっかいな代物です。電話をしても本人は言われた内容を忘れてしまうのですから、家族が付き添って、途中で電話を変わるなどして内容を確認しなければなりません。

 思い起こせば、その頃は母の介護が本格的になってきて、正直、兄にまで手が回りませんでした。はじめての介護に翻弄され「なるようになれ」と投げやりな気持ちもありましたし、兄に対しては「自分のことは自分でやってよ」という苛立ちでいっぱいでした。

 いつのころからか、兄は夕食を食べながら眠ることが増え、食事を終えるまでに2時間以上かかることが日常になりました。お風呂も何日も入りません。普通なら「疲れるんだ、かわいそうに」と思うのでしょう。でも、食事中の居眠りもお風呂に入らないのも母とまったく同じ行動パターンだったので、わたくしは「ブルータスお前もか~」とまた腹が立ちました。

 そして、「でも今は母を看るしかない」と、ますます兄から遠ざかったのです。

 現在の兄も「お風呂入ってね」とわたくしが言わなければ何日も入りません。そのくせ、散髪には月1ペースで自発的に行くのですから、人の脳は複雑怪奇です。

つづく…(次回は9月5日公開予定)

前の話を読む  次の話を読む 

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

この連載の一覧へ!

第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある

ニックネーム可
入力されたメールアドレスは公開されません
編集部で不適切と判断されたコメントは削除いたします。
寄せられたコメントは、当サイト内の記事中で掲載する可能性がございます。予めご了承ください。

最近のコメント

シリーズ

介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
神田神保町に誕生した話題の介護付有料老人ホームをレポート!24時間看護、安心の防災設備、熟練の料理長による絶品料理ほか満載の魅力をお伝えします。
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
老人ホーム(高齢者施設)の種類や特徴、それぞれの施設の違いや選び方を解説。親や家族、自分にぴったりな施設探しをするヒント集。
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
話題の高齢者施設や評判の高い老人ホームなど、高齢者向けの住宅全般を幅広くピックアップ。実際に訪問して詳細にレポートします。
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
介護食の基本や見た目も味もおいしいレシピ、市販の介護食を食べ比べ、味や見た目を紹介。新商品や便利グッズ情報、介護食の作り方を解説する動画も。
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の困りごとの一つに“ニオイ”があります。デリケートなことだからこそ、ちゃんと向き合い、軽減したいものです。ニオイに関するアンケート調査や、専門家による解決法、対処法をご紹介します。
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
話題のタレントなどの芸能人や著名人にまつわる介護や親の看取りなどの話題。介護の仕事をするタレントインタビューなど、旬の話題をピックアップ。
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護保険制度の基本からサービスの利用方法を詳細解説。介護が始まったとき、知っておきたい基本的な情報をお届けします。
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
数々ある介護のお悩み。中でも「排泄」にまつわることは、デリケートなことなだけに、ケアする人も、ケアを受ける人も、その悩みが深いでしょう。 ケアのヒントを専門家に取材しました。また、排泄ケアに役立つ最新グッズをご紹介します!