ポジティブシンキングはなぜ疲れるのか?スポーツドクターが解説する「ごきげん」との違いと、ごきげんな状態を自然に作り出す方法
前向きに考えよう、ポジティブに捉えよう──。そう努力しているのに、なんだか疲れてしまうという人もいる。ポジティブシンキングとは違う、感情に振りまわされない「ごきげん道」という生き方がある。スポーツドクターとして、オリンピック選手から経営者、主婦まで幅広くメンタル・トレーニングを提供してきた辻秀一さんの著書『いつもごきげんでいられる人、いつも不機嫌なままの人』(サンマーク出版)から、その違いについて一部抜粋、再構成して紹介する。
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ごきげんは「ポジティブシンキング」ではない
ワークショップなどで「ごきげん道」の話をすると、「ポジティブシンキングのことですね」とよく言われるのですが、この両者はまったく別のものです。
ポジティブシンキングは、マイナスの意味づけをプラスに変えることです。
たとえば雨が降ってきて、憂鬱になったとします。
するとポジティブシンキングでは、
「この雨だって、降らなければ、作物も育たない。私たちは雨のおかげで生きているんだわ。だから雨は憂鬱じゃないんだ、いいことなんだ」
というふうにプラスの意味に変えるのです。
あるいは目の前で電車のドアが閉まって、腹が立ったとき。
ポジティブシンキングではこう考えます。
「この電車に乗り遅れたのは、何か意味があったんだ。乗っていたら事故にあったのかもしれない。だから乗り遅れてよかったんだ」
みなさんも日常生活で困ったことがあったとき、こんなふうに対処したことがあるかもしれませんね。
それで、不機嫌からごきげんになれるのならとてもすばらしいと思います。
でも、私がお会いする方の中には、このポジティブシンキングに疲れているように見える方がいるのです。
だってほんとうは、乗り遅れた電車には「乗り遅れてよかった」なんて意味はついていないのです。「憂鬱な雨」や「恵みの雨」もありません。
電車はただ走っているだけ。雨はただ降っているだけ。
それなのに、飽くことなく認知をしたがる脳を満足させるために、必死で意味をさがしているのです。認知の脳はいつも腹ぺこですから、意味づけは永遠に続きます。
ここまでお話ししてきたように、意味づけはそう簡単には変えられません。変えるためには相当のエネルギーがいるのです。
たとえば、不機嫌がマイナス5だったとして、ポジティブシンキングでプラス5に考えようとすると10のエネルギーを使います。
だからポジティブシンキングは疲れてしまうのです。
一方の「ごきげん道」は、この意味づけから離れて、ただあるがままの世界に気づき、外側の出来事とは関係なく、自分がごきげんになるように脳を使うというものです。それはあくまで自然体な自分づくりだと思ってください。
頭の中に、ふたつの脳があるとイメージしてみましょう。
ひとつめの脳は、認知の脳です。外側の出来事に次々と意味づけをします。この意味づけに引っ張られて、心は不機嫌になります。
そして、認知の脳がそういうことをやっているのと同時に、もうひとつの脳でごきげんな心に傾かせるようにただ「考え」たり「思う」のです。これが「ごきげん道」です。
たとえば、「好きなもの」について考えてみましょう。
雨が降っているとか、電車に乗り遅れたという、外側で起こった出来事とは関係なく、ただ「好きなもの」を考えるのです。なぜなら、そうするとごきげんになれるからです。好きなものを考えて不機嫌になる人は、なかなかいません。
でも、このとき、認知の脳が止まっているわけではないのです。ですから、起こっている出来事に対しては、適切な行動を考えます。たとえば、電車に乗り遅れたのなら、待ち合わせをしている人に連絡をするとか、次の電車の時刻を調べるなどです。
こんなふうに外側の状況に関係なく、ただそう考えると気分がよくなるから、ライフスキルでそう考えてまず自分の気分をよくしよう。そしてごきげんになってから自分が何をすべきかを認知の脳で考えようというのが「ごきげん道」なのです。
両者はまったく違うものだということがイメージできたでしょうか。
このふたつの脳を両立することが「ごきげん道」を歩む生き方です。
教えてくれた人
辻秀一さん
スポーツドクター。慶應義塾大学病院内科、同スポーツ医学研究センターを経て独立。応用スポーツ心理学とフロー理論を基にしたメンタル・トレーニングによるごきげんマネジメントが専門。セミナー・講演活動は年間200回以上。年に数回の「人間力ワークショップ」は経営者、アスリート、音楽家、主婦など全国から参加者が集まる。
サポート実績に、EY Japan(株)、積水ハウス(株)、三井不動産(株)、ハウスコム(株)、コマツカスタマーサポート(株)など多数の企業にウェルビーイングやごきげん学を提供している。2024年パリオリンピックでは出場選手12名のメンタルトレーニングを担当し、うち3人が金メダルを獲得。現在は2026年冬季ミラノ・コルティナオリンピックや2028年ロサンゼルスオリンピックを目指すオリンピアンたち、サッカー・大相撲・女子ゴルフなどのプロアスリートをサポートしている。日本バドミントン協会とはメンタルサポート契約を締結し、日本サッカー協会のプロライセンス講座、大学体育会、中高部活、その他にヴァイオリンやピアノなど音楽家や教育界も多数サポート。著書に40万部突破のベストセラーの『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)、『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル』(日本実業出版社)、『チームワークの大原則「あなたが主役」で組織が変わる』(WAVE出版)、『個性を輝かせる子育て、つぶす子育て』(フォレスト出版)など多数。
日本代表アスリートたちが子どもたちにごきげん授業をする一般社団法人Dialogue Sports研究所(Dispo)を展開。またライフスキルについて対話し「ごきげん道」を一緒に歩むコミュニティ“BA”を主宰。http://www.doctor-tsuji.com/
