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連載

兄がボケました~認知症と介護と老後と「第51回 見えない世界に行きました」

 認知症の兄と暮らし、サポートを続けてきたライターのツガエマナミコさんが、自身の体験を通して介護と認知症を考える連載エッセイ。兄が特別養護老人ホームに入所し、一人暮らしになってからは、プール通いが習慣になったマナミコさんが、新たに体験したことを報告してくれました。

 * * *

一人でお出かけ

 いつかやるんじゃないかと思っておりましたが、ついにプールにパンツを持参するのを忘れました。行くときは水着を着用していくので、着替えのパンツはうっかりしがち。わかっていたのに、行ってロッカーでTシャツを脱いだときに、はたと気づいてバッグの中を確認するとブラジャーだけがひしゃげた姿でこっちを見ておりました。しばし頭も身体もフリーズ状態。でもすぐに「最悪はノーパンでズボンを穿いて帰れば誰にもご迷惑をかけることはない。少し寒いのだけ我慢すればなんとかなる」と腹をくくりました。

 その後、「この水着を着て帰ればいいじゃないか」と思い直したのはひと泳ぎしてプールから出た後でございました。そうです、ここの更衣室には水着用の脱水機があるのです。熱いシャワーを浴び、いつもより少し長めに脱水し、改めてセパレート水着の下だけを穿きました。多少ひんやりしましたが、すぐに体温で乾き、何の問題もありません。これからはパンツを忘れても大丈夫だと学習したツガエでございます。なんなら水着上下を着て帰っても大丈夫そうだと確信し、怖いものが一つ減りました。

 怖いものといえば、わたくしは暗闇が大の苦手で、「寝室がまっくらじゃないと寝られない」と言う人の気がしれません。どうせ目をつぶって寝てしまえば、明かりは無駄ですが、目を開けたときわずかでも物の気配が見えないと安心できない質なのでございます。生まれてこのかた、都会で暮らしてきましたので夜でも町は明るく、真の闇を経験したことがございません。

 そんなわたくしが、先日真っ暗な世界へ行ってまいりました。しかもお金を払って、あえての体験でございます。

 10年以上前、全盲の世界を体験できる施設があることをテレビで拝見したことがありました。でもそれはイベントのような期間限定のもので、その後も何度かあちこちで催事されていたのですが、機会がなく、もう忘れかけておりました。でも最近ふと読んだ新聞記事で久しぶりにそのワードを見て、ネットで検索してみましたら常設施設になっておりました。

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(東京・竹芝)。直訳すると「暗闇の中の対話」です。

 1組最大8人の参加者とアテンドである視覚障がいを持つ人の計9人で、光が一切入らない部屋に入り、アテンドさまの誘導に従いながら90分の体験をするのでございます。

 ネタバレすると体験の鮮度が落ちるので、情報を持たずにとにかく飛び込んだほうが絶対に面白いのですが、ひとつ言えることは、見えない世界ではアテンドさまが万能で、ものすごく頼りになること。精神的支柱といっていいほどの存在感でございました。

 目に頼ってきたわたくしは、3歩進むのも怖い世界。それなのにめちゃくちゃ楽しかったのでございます。独りぼっちでの参加でしたが、見えない世界ではむしろそれがよかったように思いました。

 光のある世界に戻って来たときには、色があって物が溢れていて、いらん飾りや過度なデザインなどで情報が多すぎるとさえ思いました。己の見え方を気にして元の人見知りの自分に戻ってしまうことも含め、とにかく学びの多い経験でございました。

 同施設では、「ダイアログ・イン・サイレンス」という聴覚障がいのある人の世界を体験できる日もあるようで、そちらもそそられます。

 折しも今年はデフリンピック(きこえない、きこえにくいアスリートのための国際スポーツ大会)の年。しかも100年の歴史の中で、初めての日本(東京)開催。たしか2年前、ハンドボールで「東京2025デフリンピック」に出場することを目指しているという大学生を取材させていただきました。せっかくそんなご縁があったのですから、応援しに行きたいと思った次第でございます。これが読まれるころには開催真っ只中ですね。

 最近どこでも一人で行けるようになりました。若いころは「一人=友達いない」と思われそうで気恥ずかしかったのですが、オバサンになると度胸がついて自由度が増すものなのですね。そのうち足腰の関係で一人では出かけられなくなるかもしれませんし、“今のうちに”という思いが募るのでございましょう。先日は友人が「ブルーインパルスの飛行ショーに来ました」とライブで動画を送ってきたので「いいな、だんなさんと仲良しで」とLINEすると、「一人だよ」とあっさり。ツガエの周辺は、そんなお年頃でございます。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。

イラスト/なとみみわ

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