兄がボケました~認知症と介護と老後と「 第42回 兄はハンサム」
ライターのツガエマナミコさんは、50代で若年性認知症を患った兄と長年暮らしサポートを続けてきました。症状が進行してきた兄は、昨年夏に特別養護老人ホームに入所。それからは、毎週面会に行くことを欠かしていません。施設での兄の体調、様子に一喜一憂するマナミコさんでしたが、施設のスタッフより思いもかけぬことを言われたのです。
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同じ両親から生まれた兄妹なのですが
「ツガエさん! お兄さん、ハンサムですね」
今週、兄に面会した帰り際、唐突に介護スタッフの方に声をかけられました。
「リビングにいる人たち、みんなでいつもそう言っています。人気ありますよ」とのことで、家族としてはお世辞でも嬉しいことでございました。わたくしを励ましてくださったのでしょう。でもわたくしはすこし誇らしい気持ちになってしまって「ありがとうございます。家にいたときもヘルパーさんや訪問看護師さんによくそう言っていただきました。妹としては普通ですけど、ハンサムですかね」と自慢してしまいました。
兄は確かに女性はもちろん男性の訪問ヘルパーさまからも「ずいぶん男前ですね」と言われておりました。ここへきてグッと痩せてシワっぽい顔になってもまだハンサムと言われ続けていることはすごいことでございましょう。
兄は誰もが認めるハンサムなのだと思った途端、頭に浮かんできたのは
「お兄ちゃんばっかりズルい」と言っている自分の姿でございました。同じ両親の元に生まれた兄妹なのに、わたくしの「美女伝説」の波はひとつも立っていないとは何事か!不公平ではありませんか。(う~む、鏡を見れば致し方ないのはわかるけれども悔しい)。この年齢、この状況になっても子供っぽい対抗意識があることに思わず笑ってしまいました。
妹の目から見れば兄は本当に“普通”の顔でした。周りの人から「お兄さんハンサムね」と言われたこともなければ、兄がモテたという話も聞いたことがございません。言われ始めたのは認知症になってからのこと。認知症になった兄が可哀そうで、父と母が天国からハンサムの粉を兄に降り注いでいるのでしょうか。そういえば先週わたくしも「男前になったんじゃない?」と兄に言ったばかりでございます。
いずれにしても兄は「ハンサム」という強いカードを持っていて幸せです。少しでもみなさんに一目置かれる要素があることは救いでございます。「厄介者」と避けられて孤立する兄は見たくありませんから……。
孤立といえば、新聞の「独居高齢者」という文字に目が留まるようになりました。あと3年でわたくしも公的にその仲間入りでございまして、実質的にはすでに独居高齢者でございます。世間では60代はまだまだ若いと評価されておりますが、いやいやどうして、60歳を超えてから「老い」を感じない日はございません。
内閣府の4月の発表によると、昨年1年間で、自宅で誰にも看取られることなく、死後8日以上を経過して発見された人は2万1856人だそうでございます。「孤独死」ではなく「孤立死」と表現されておりました。
わたくしはすでに両親を見送り、兄の介護からも解放され、誰にも干渉されず、そこそこ健康で、そこそこ仕事もあり、食べることには困らない独居暮らしをしている「幸せ者」でございますが、子どもはおらず、兄も独身なので甥や姪もおりません。このままいけば「孤立死」へまっしぐら。もちろん若い人との接点は皆無なので、できれば病院やホスピスで最期を迎えるのがいいのでしょうね。
若い時は「年寄りは自由でいいな」と思っておりましたが、年寄りは年寄りなりに、体を維持するだけでも大変で、60歳を過ぎても人生に迷うこともあるのだな~と実感しております。
国は、孤独・孤立対策に動き出しているそうでございますが、急速な少子化ですから、高齢化社会もそう長く続かないはずでございます。50年も経てば社会の様子は変わっていることでしょう。
世界的な感染症の蔓延や大地震・大津波を経験した子供たちが世の中を作るのです。Z世代と呼ばれる今10~20代前半の世代は、倹約思考だけれど、目先のことだけではなく、数年後、数十年後のためになるなら今コストをかけてもいいと考える傾向があるそうです。
先々を悲観する傾向があるツガエですが、今の若者はわたくし世代よりも苦労人且つ優秀で、未来は今より明るいのかもしれないと思った次第でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ