高血圧の新目標「75才以上で血圧130未満」に引き下げへ 降圧剤の副作用による転倒や心血管疾患リスクに専門家が警鐘
6年ぶりに改訂された高血圧の治療ガイドラインで「75才以上の降圧目標値」が引き下げられた。だが近年、その数値の根拠に疑問符がつくような論文が権威ある医学誌で発表されている。「降圧リスク」の数々をどう考えるか。日本高血圧学会理事長の回答と合わせて検証する。
教えてくれた人
大櫛陽一さん/東海大学医学部名誉教授、室井一辰さん/医療経済ジャーナリスト
“厳格化”が進む日本の降圧目標値。75才以上は「130未満/80未満」へ
日本高血圧学会は7月25日、75才以上の降圧目標値を従来の「上(収縮期)140未満、下(拡張期)90未満」から「上(収縮期)を130未満、下(拡張期)を80未満」に引き下げる治療指針を発表した。
学会による新ガイドラインは「降圧薬治療の3つのステップ」を掲げ、1つの降圧剤で目標値に達しない場合は2剤併用、3剤併用へと「できるだけ早期にステップアップ」するよう促している。
75才以上でも降圧による脳卒中の予防効果が高いことなどを改訂の根拠としており、新たに早期ステップアップを示したのも「降圧すべき患者が積極的な治療をやめてしまうケース」を防ぐのが目的だとした。
この改訂に「あくまでも学会独自の数値で、別のデータにも目を向けるべきです」と話すのは、東海大学医学部名誉教授の大櫛陽一さんだ。
日本の血圧基準値は下がり続けており、1987年の厚労省基準では上が180以上で「要治療」だったが、1990年に160/90に変更。2000年には学会が140/90の基準を示した。その後、学会は2019年に75才未満の降圧目標値を130/80、75才以上は140/90に定め、今回はさらに75才以上の目標値も引き下げた。
「この“厳格化”は世界の潮流に逆行していると感じます。海外、とりわけ欧米は近年、基準値を緩める方向に向かっている。血圧の下げすぎによるデメリットを示す論文が多数発表されているのです」(大櫛さん)
2019年に欧州心臓病学会が発行する「European Heart Journal」に掲載されたドイツの研究チームによる論文がそのひとつ。医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが語る。
「70才以上の高血圧患者を対象に5年間の追跡調査をしたところ、80才以上の患者では血圧を140/90未満にコントロールしていた群のほうが、そうではない群に比べて死亡数が多かったのです」
70~79才の患者では有意差はなく、心臓疾患の既往歴がある患者では全年齢を通じて血圧を140未満にコントロールする群のほうが死亡率は高い結果になった。
米国医師会が発行する世界5大医学誌のひとつ「JAMA」に2022年に掲載された、オランダのアムステルダム大学などの研究チームによる論文も、血圧と死亡率の研究に一石を投じるものだった。
「過去に欧米で発表された7つの研究(対象者1万7286人、調査開始平均年齢74.5才、7.3年追跡)を分析したもので、この論文によると最も死亡率が低いのは『上が160』のとき。それより高くても低くてもリスクが上昇していました」(大櫛さん)
降圧剤の副作用に注意。血圧を20以上下げた人は死亡率がアップする研究結果も
「JAMA」には、降圧剤の副作用であるめまいやふらつきが、高齢者の重篤な転倒事故に繋がるリスクを示す論文もある。
室井さんが解説する。
「米イェール大が70才以上の米国人4961人を3年間追跡調査したところ、降圧剤服用者のほうが、転倒後に骨折や外傷性脳損傷、関節脱臼などの大きなけがをする可能性が30~40%も高いことが判明しました」
欧米の研究だけではない。過去に日本で実施された大規模な研究でも、今回の学会の新指標とは相容れない結果が発表されていた。
全国461施設が参加した血圧に関する臨床試験「VALISH」の研究結果が米学術誌「Hypertension」に掲載されたのは2010年のことだ。
「この臨床試験の対象者は70~84才の高血圧患者約3000人。上の目標値を140未満とする厳格管理群と、140~150にとどめる中等度管理群に分けて心血管疾患リスクを3年間追跡調査したところ、結果は有意差なし。140未満まで下げる有益性を見いだせなかったのです」(室井さん)
注目すべき国内の研究はほかにもあると大櫛さん。
「日本人を対象にした複数の研究で、降圧剤で血圧を20以上下げたグループは、20未満のグループに比べて、脳梗塞の発症率や死亡率が高くなっています。私が福島県郡山市で約4万人の男女を対象に行なった6年間の追跡調査では、血圧が上180以上では、降圧剤を使った人は使わなかった人より死亡率が約5倍も高かった。詳しい解析により、上を160未満に下げた群では死亡率が約10倍になることも判明しました」
学会の新指針について大櫛さんはこう語る。
「世界的にも必要以上の降圧を見直す動きがでているなか、140からさらに10下げる必要があるのか。議論の余地があると感じます」
新目標による降圧治療に「個別の診療が必要」と日本高血圧学会理事長が回答
今回の目標値の厳格化に伴って「降圧治療を要する人が約600万人増える」というのが大櫛さんの試算だ。
「2019年に75才未満の降圧目標を130/80にした時点での成人の降圧治療対象者は約4000万人。75才以上もこの基準に当てはめると、2025年の降圧治療対象者は4635万人になります」(同前)
日本高血圧学会に今回の改訂について聞くと、理事長の苅尾七臣さん(自治医科大学教授)から次のような回答があった。
「前回(2019年)の改訂以降に発表されたものも含む大規模試験のなかから75才以上の高血圧患者のデータを抽出したところ、収縮期血圧が130よりも低い降圧目標で治療した群で、それより高い降圧目標で治療した群よりも心血管疾患の発生リスクが低下していることが明らかになりました。
また今回のガイドラインでは、高齢者を暦年齢で画一的に考え全員が130/80未満を目指すのではない点を明記しています。患者一人一人に合わせた個別最適化診療が必要で、低血圧症状に留意しながら、家庭用血圧測定を活用し、まず生活習慣の改善で血圧を下げることが求められます」
リスクを知ったうえで高血圧の治療に向き合う姿勢が大切だ。
※週刊ポスト2025年8月29日・9月5日号
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