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連載

兄がボケました~認知症と介護と老後と「第52回 兄と歩いた思い出」

 50代で若年性認知症を発症した兄と8年以上にわたり一緒に暮らし、サポートを続けてきたライターのツガエマナミコさん。昨年、特別養護老人ホームに入所した兄ですが、入所決まるまでの2年くらいは排せつのトラブルが多く、マナミコさんを悩ませてきました。施設入所後は、一人暮らしとなり、すっかり落ち着いた暮らしを取り戻したマナミコさんが当時を振り返ります。

 * * *

かつての自分の姿を重ねて

 先日、近所で泣きそうになりました。

 スーパーへの道すがら、老夫婦らしきお二人が歩いているのを拝見したのです。歩く姿からして、女性はだいぶご高齢で杖を持ちながらツッツッツッツッと、つま先を擦るように細かく進んでおりました。ところが男性はゆっくりとはいえマイペースな足取りで女性との距離をどんどん離して、後ろを振り返りもしません。女性はその背中に追いつこうと懸命に歩いているように見えました。わたくしはその老女を追い越すことができず、しばらくゆっくり後ろから見守りました。ふと女性が足元を気にして立ち止まり、男性の背中から目を離したタイミングで、夫とおぼしき男性がスッと角を曲がってしまいました。わたくしは、老女がそれに気づかず道をまっすぐ進んでしまったら「ここを曲がりましたよ」とお伝えしようと思いました。

 幸い老女はおぼつかない足取りながら迷いなく角を曲がったので認知症ではなさそうだと安心したのですが、「道を曲がるときぐらい一瞬振り返ればいいのに」と他人事ながら思ってしまいました。と同時に「ああ、これは数年前の自分だ」と思い出して泣けてしまったのです。

 かつて兄を連れてお買い物に行っていた頃のわたくしは、まさに振り向くのも面倒くさくて、兄と距離を取って前を歩いておりました。一瞥もくれずに角を曲がり、しばらく歩いてから兄がついて来ないとわかると、少し戻って「ちゃんとついて来てよ」と文句を言ったりしておりました。今思うと、なぜあんなに距離をとって歩いたのだろう…と思います。後ろ姿でわたくしを認識できないほど認知症が進行していただろうことは今なら痛いほどわかります。でも当時は、ついて来られない兄にイライラしておりました。

 勝手に老夫婦と思っておりましたが、もしかすると親子、いや弟姉だったのかもしれません。横にならんで一緒に歩くことに慣れていなかっただけかもしれません。でも、わたくしは自分がしていた残酷さを見せられたような気がいたしました。

 去年のGWにてんかん発作を起こす前までは、普通に歩いていた兄。トイレではないところで排せつしてしまう兄にどれだけ頭を悩ませたか。今はそれを思い出そうとしなければ忘れているくらいの遠い過去になりました。わたくしは兄に優しくはありませんでした。施設に入居してくれてやっと兄の尊さを実感している不出来な妹でございます。

 そんな兄のところへ今週も行って参りました。毎週変わりないことが何より嬉しく、プリンを誤嚥なく食べてくれるだけで安堵するひとときでございます。手足が痩せて骨が目立つようになって、どことなく儚さを感じるようになりました。最近は1週間が長く感じたりもいたします。インフルエンザも流行っておりますし、スタッフの方々も体調管理が大変だろうと、日々祈るような気持ちでおります。

 今週は、この夏にお父さまを亡くした友人と久しぶりにランチをいたしました。ようやく落ち着いたようでしたが、「やることが多くて泣いてる暇もないから、かえってよかった」と言っておりました。

 わたくしもそうでした。彼女も葬儀やら手続きやらを一手に引き受けたようでございます。今一番頭を悩ませているのは、住まいの名義変更だそう。「マナミコはどうやったの?」と訊かれましたが、まったく覚えておりません。我ながら友達甲斐のない人間だとあきれるばかり。親の葬儀や相続など、初体験ですから誰でも右往左往しながらいつの間にか終わっているものですよね。「知らないことだらけで自分が情けなくなった」と彼女もこぼしておりました。まったく同感でございます。

 これからはお母さまとの二人暮らし。ご健在とはいえ、90歳越えの母親を一人残して外出するのは、これまで以上に気が気でないと言っております。まだまだ介護が続く我が友にわたくしができることは、ときどき近場でランチをすることぐらいでしょうか。彼女の愚痴に共感して、めいっぱい褒めてあげたいと思っております。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。

イラスト/なとみみわ

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