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吉野家の味を守り抜く《介護食牛丼》開発秘話 現場でぶつかった3つの課題【想いよ届け!~挑戦者たちの声~Vol.1中編】

 吉野家初の介護食として社内公募から事業が始まった『吉野家やさしいごはん 牛丼の具』。開発者である佐々木透さんの元に、強力な助っ人が表れた。高齢者向け・介護市場のヒット商品開発の裏側に迫るインタビュー企画、誰もが食べやすい“吉野家の牛丼”の味を届けるべく奔走した挑戦者たちに迫る。

開発者、佐々木透さん(右)の想いを受け継ぎ、営業部隊を率いる佐久間宗近さん(左)

挑戦者たち/プロフィール

佐々木透さん/『吉野家のやさしいごはん 牛丼の具』をはじめとする『吉野家のやさしいごはん』シリーズの仕掛け人。料理人として飲食業界に従事し、2001年吉野家入社。定年退職後も同社で外販事業部のアドバイザーを務める。現在は外食事業のコンサルティング事業も行う。

佐久間宗近さん/吉野家・外販事業本部で『吉野家のやさしいごはん』シリーズの営業責任者を務める。店長として現場経験も長く「現場の声」を開発にいかすべく奮闘。現在は社員としてレクリエーション介護士や福祉用具専門相員の資格も持つ。

吉野家の介護食牛丼、3つの課題

 吉野家の牛丼を介護食にした『吉野家のやさしいごはん』シリーズの誕生は2017年。開発を手がけた佐々木透さんには、販売に漕ぎ着けるまで多くの課題が立ちはだかった。

 重大な課題が3つあった。1つは、価格だ。

『吉野家のやさしいごはん 牛丼の具』は、“吉野家の味”を実現するため牛肉をふんだんに盛り込んでおり、こだわりのタレも使っていることから、どうしても店舗で販売する牛丼と同等かそれ以上の価格になる。

 ちなみに現在は、店頭の牛丼(並盛)が498円だが、介護食の牛丼は通販価格だと1袋594円。一般的に1食200円程度を目安とする介護施設の“普段の食事”としては高すぎる。

「そもそも介護食は“安くて当たり前”という風潮があるんですよね」と佐々木さんは指摘する。

 この課題について佐々木さんは、まずは介護施設の“イベント食”として普及させる作戦を思いついた。普段食としては高くても、イベント食であれば受け入れられると踏んだわけだ。実際に佐々木さん自ら、施設で開かれるイベントで高齢者に牛丼を提供し、おいしさだけでなく楽しさもアピールすることで、採用する施設を広げていった。

営業を強化し、認知度アップへ

 2つ目は、認知の課題である。「『吉野家がこんなものを作るわけがない、どこかの食品メーカーが作っているんじゃないのか』。なんて言われたこともありました」と佐々木さんは振り返る。

 商品化を機に、それまで佐々木さんのひとり部隊だったところへ配属されたのが、佐久間宗近さんだ。

 佐久間さんはアルバイト時代から営業畑で活動を続け、東京都心の各店舗で店長を10年以上務めた経験も持つ。その佐久間さんが、吉野家にとってはチャレンジとなる新たな高齢者向け商品事業の営業を担当することとなり、2017年、佐々木さんのもとに活躍の舞台を移したのである。

 佐久間さんは、着任早々から困った問題と向き合わざるを得なくなる。

「『本当に吉野家さんが作っているの?』『なぜ吉野家が介護食を?』と散々言われまして…。最初は、いや本当に自社で作っているんですよ、ということを理解してもらうのが大変な苦労でした。ただ、その場に吉野家のファンがいると、一度食べれば『これは吉野家の味だ』とわかってくれる。わかってくれると、今度はどんどんと周りに勧めてくれるようになってきました」

介護施設に足繁く通い、現場の声を聞く

 販路の開拓にも苦戦した。最初は冷凍食品として発売したわけだが、介護食などを扱うドラッグストアには当時、冷凍の棚が少なかった。冷凍の状態で置けないのなら、提案もできない。

「取り扱ってくれる店探しには苦戦しましたね。ただ、売れない売れないと言っていても仕方ないので、店舗だけでなく介護施設も100、200と回り、提案を続けました」と佐久間さんは振り返る。

 そうした提案活動の中では、施設のスタッフはもちろん、実際に食してみた高齢者の声も聞く。

 冷凍食品の『吉野家のやさしいごはん 牛丼の具』は、まだ歯が丈夫な“若手”の高齢者からは「やわらかすぎる」と苦情が出たことも。そうしたフィードバックが、そもそも開発当初から佐々木さんがこだわっていた常温商品の開発にもつながった。

 2020年11月、技術面の課題を解決し、新たな常温のレトルト食品『吉野家のやさしいごはん』シリーズとして、歯ぐきでつぶせる『やわらか牛丼の具』、さらにやわらかく舌でつぶせる『きざみ牛丼の具』が発売された。

最大の課題は「ビジネス」としての収益

 そして3つ目の課題が、ビジネスだ。商品化されれば、当然だがビジネスとして数字が付きまとう。商品化前までは後押しの声一辺倒だったが、その後は開発・販売に要する経費の回収を上から命題として与えられ、佐々木さんは「もうやめようか」と考えたこともあったと明かす。

 商品化に際し、開発のほか、施設への営業、イベント会場でのユニフォームやレンタル食器の用意も、当初はすべて佐々木さんがひとりでこなしていたのだが、売れ行きが思うように伸ばせない。そこで、販売については冷凍牛丼を販売していた外販事業部に任せることにし、営業のプロである佐久間さんの力を得て、じわじわと介護施設での取り扱いが増えていったという。

 開発当初、佐々木さんを突き動かしたのは「喧嘩ばかりしていた父親、お世話になった会社、吉野家を愛し続けてくれている高齢者たちへの恩返しがしたい」という想いだ。事業部が一体となったことでその想いが形になっていった。

新たなファン獲得を目指して

 現在、イベント食を中心に2017年から提供してきた業務用は累計300万食に到達し、全国で1万以上の施設や病院が採用。また、常温の『吉野家のやさしいごはん』シリーズの牛丼は、現時点で30万食を突破し、今後は100万食を目指しているという。

 牛丼のほか、『やわらか鰻』『やわらか焼肉の具』『やわらか親子丼の具』といった多彩な商品を展開し、累計販売食数は120万食を超えている。

「一般消費者への認知度については、まだまだ課題を感じます」(佐久間さん)

 順調といえば順調だが、「まだまだ認知は広がっていない」と佐々木さん、佐久間さんは口を揃える。

「価格については、『ほら、牛肉もこんなにたくさん入っているんですよ』と中身を詳しく説明して食べていただくと、それならこの値段でも納得ですね、と理解していただけるように営業を進めています」と佐久間さん。

「牛丼ではなく吉牛」というファンであれば、“吉野家の味”とクオリティを保つにはこれ以上価格を下げられないと理解してもらえるということだ。

 また、ファンは介護を受ける高齢者だけでなく、介護スタッフにもいる。

「施設の利用者が昔よく食べたであろう吉牛をもう一度食べさせてあげたい」というスタッフ側の気持ちをつかめば、やはり広がりやすいようだ。一方で、施設で初めて吉野家の牛丼を食べ、新たにファンになる人もいる。

「おばあちゃんが『初めて吉野家の牛丼を食べたけどおいしいね』とお孫さんに笑顔で話している姿も見かけると、施設のスタッフが教えてくれました。私たちの想いが通じた、とうれしくなりますね」(佐久間さん)

 佐々木さんが「恩返しをしたい」といった父親には食べてもらえたのだろうか?

「親父はいま96才になりますが、『まだこんなものは必要ない!』とか言って(笑い)。『こんなもの作ってどうするんだ、売れてるのか?』と心配もしているようで。食べてくれたんだと思います」

撮影/横田紋子 取材・文/斉藤俊明

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