吉野家の“やわらか牛丼”新たな挑戦「介護施設のレクリエーションで高齢者を笑顔に」【想いよ届け!~挑戦者たちの声~Vol.1後編】
高齢者や噛む力、嚥下機能が弱った人にも吉野家の牛丼をおいしく食べられる『吉野家のやさしいごはん』シリーズ。開発者の佐々木透さんと、営業の佐久間宗近さんがタッグを組み、商品の販売拡大に奔走してきた。介護中の人を笑顔にする注目の商品の開発秘話を聞くインタビュー企画、吉野家の取り組みの“現在”と“未来”を聞いた。
挑戦者たち/プロフィール
佐々木透さん/『吉野家のやさしいごはん 牛丼の具』をはじめとする『吉野家のやさしいごはん』シリーズの仕掛け人。料理人として飲食業界に従事し、2001年吉野家入社。定年退職後も同社で外販事業部のアドバイザーを務める。現在は外食事業のコンサルティング事業も行う。
佐久間宗近さん/吉野家・外販事業本部で『吉野家のやさしいごはん』シリーズの営業責任者を務める。店長として現場経験も長く「現場の声」を開発にいかすべく奮闘。現在は社員としてレクリエーション介護士や福祉用具専門相員の資格も持つ。
誰もが食べやすい「吉野家の味」販路の工夫
「吉野家の味を愛してくださっていた高齢者に届けたい」。そんな想いから、たったひとりの開発を始めた佐々木透さん。営業部の佐久間宗近さんを巻き込んで、吉野家初となる介護食に参入し、販売から8年目を迎える。
『吉野家のやさしいごはん』シリーズは、現在のところ、吉野家の公式サイトや他社通販サイトでのEC、そしてドラッグストア・調剤薬局での販売が中心となっている。実は吉野家では、「誰もが食べやすい」やさしさを込めた“ケア食”と位置づけている。
「介護施設にも、まだまだ普通の硬さの牛丼を食べられる高齢者がいます。その一方で、介護施設などに入っていない、あるいはそもそも高齢者でないかたにも、例えば歯を治療中であるとか矯正中であるといった理由で、やわらかいものを食べたいというケースがたくさんあります。
『吉野家のやさしいごはん』シリーズは、実はそういったかたからのニーズも高く、歯科医院でも販売しているところもあるんですよ」(佐久間さん)
介護食と限定してしまうと他の用途はたしかに考えづらい。しかし“ケア食”ならば、アイデアやニーズ次第でさまざまな応用が可能になるだろう。記憶に新しいコロナ禍、東京都が在宅療養者向けに配布した食料としても採用されていたとのことだ。
「高齢者だけでなく、療養中のかたなども含め、どなたにも役立てていただけるようにしています」と佐久間さん。
実際、記者は歯の治療中に普通の食事が摂れず、『やわらか牛丼の具』なら食べられたという経験があるので、歯科医院での販売は理にかなっている。吉野家の店舗のレジ脇で売っていたら、高齢の親へのお土産に購入する人もいるのではないだろうか。
介護施設のレクリエーションの定番に
『吉野家のやさしいごはん』シリーズは、業務用の冷凍食品も引き続き販売しており、こちらは介護施設等でのイベント食や、病院食としても提供している。評判については、いずれの場所からも「おいしい」、そして「便利」という言葉が届いているという。
イベントにおける提供はそれ自体が楽しい体験となるため、やはり佐々木さんや佐久間さんの、そして吉野家の想いを伝えるうえで最も効果的な手段といえそうだ。
現在は「吉野家牛丼レクリエーション」という形で、介護施設などで“吉野家”の味を提供する取り組みを実施している。
「吉野家介護レクリエーション」は、施設において利用者、介護スタッフに吉野家の社員も法被を着て加わり、盛り付けなどを一緒に行いながら“牛丼のおいしさと食べる楽しさ”を体感できるイベントだ。この取り組みが、2024年11月に第54回食品産業技術功労賞 マーケティング部門を受賞した。
佐々木さんが受賞の想いをこう語る。
「当初は私一人がユニフォームを着て、その場で『吉野家のやさしいごはん』を盛り付け、施設の利用者はもちろん家族や施設スタッフも一緒になって“吉野家の味”を楽しめるようにと実施したのが始まりです。
同じものをみんなで楽しく食べると、高齢者も元気になりますよね。そこを起点に長い間イベントを継続してきたことが評価されて、このたび素晴らしい賞を頂戴しました。もちろん私たちはこの賞を狙ったわけではなく、吉野家を愛し続けてくれたみなさんへの恩返しと高齢化社会への貢献という想いのもと、新たな事業を盛り上げるために始めたわけです。それが評価されたのは、いわば光栄な副産物のようなもので、驚きましたよ」(佐々木さん)
佐久間さんも「吉野家ファンの声が広がり、この取り組みが注目されたことでいただけた賞なので、本当にありがたく思っています」と目を細める。
外食産業の「介護ビジネス」への参入
『吉野家のやさしいごはん』シリーズが進むこの先には、さらなる超高齢化社会が待ち受ける。ただ、実情としては元気に暮らす高齢者も増えてきている。
「”若くて元気なシニア”は『やわらか』や『きざみ』ではなく、店舗の普通の牛丼を食べられるので、そう考えると“介護食”に限定するのではなく、総合的なアクティブシニア食、あるいはシニア以外の人も必要に応じて食べられるソフト食という考え方が、今後はよりフィットしていくことになるかもしれません」と佐々木さん。
そして、この市場を広げていくにはビジネスとしての競争が必要で、競合の参入が望ましいと語る。たしかに、大手ピザチェーンやファミレスなどで介護食が選べる世の中になってもいいのではないか。
しかし現状は、「『介護(食)は儲からない』という考え方もあって、我々のように社会貢献を重んじる企業は取り組みを進めていますが、他社の参入がなかなか増えてこないんですよ」と佐々木さんはため息をつく。
その一方で、佐久間さんは“体験”の重要性を強調する。
「子どもの頃、ファミレスに連れていってもらったときや、野球場でお弁当を買ってもらって食べたときのうれしい記憶は忘れられません。子どもや孫はそういった楽しさも引き継ぐので、吉野家の店舗の牛丼はもちろん、この『吉野家のやさしいごはん』シリーズが生む体験も、そのような楽しさとして引き継いでもらいたいですね。
そのためにも、介護に限らずさまざまな人たちに今後もっと知っていただき、ぜひ一度食べてみてほしい。それがすべてです。ターゲットはまったく決めていません。病み上がりに食べる食事として、あるいはダイエット食としてもいいかもしれません。
未来は明るいと思っていますし、新たなラインナップもどんどん増やして、事業を広げていきたいと考えています」(佐久間さん)
高齢者はもちろん、誰もが“おいしさと楽しさ”をセットで体験できる機会を、吉野家の魅力とパワーでいっそう広げ、これからの社会を明るく照らしてほしいと心から期待する。
撮影/横田紋子 取材・文/斉藤俊明