「脳の若返り」のためには筋トレやストレッチよりも「早歩き」や「軽いジョギング」を! 医師は「最大心拍数の70〜75%に保つことが一番よい」
ジョギングや早歩きといった簡単な運動が、脳を若く保つ力を秘めていた──。私たちの脳は、思いのほかシンプルな方法で若々しさを保てるようだ。
スイス在住の医師・平井麻依子さんが、世界の脳科学のエビデンスを自分の脳で実験したことをまとめた『「脳にいいこと」すべて試して1冊にまとめてみた』(サンマーク出版)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
教えてくれた人
医師・平井麻依子さん
東京・新宿区出身。スイス在住の医師。群馬大学医学部卒業、及び、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院修了。 修了後、世界保健機関(WHO)に就職。その後、外資系コンサルティングファームで、日本、マレーシア、UAE、イギリス、スイスのオフィスにて勤務。医薬品医療機器分野のイノベーション戦略を担当。本当に患者のためになる新しいイノベーションの原石を探し、その可能性を最大化することにパッションを感じる。患者中心の医療に関する出版物・講演多数。2023年、イギリス出張中に視野に異常をきたし緊急入院。その後、脳腫瘍と診断される。スイス・アメリカにて闘病生活を送る。1年で職場に復帰し、現在、自身の体験をもとに、ヨーロッパ最大の脳腫瘍に関わる非営利機関での活動をしている。趣味は、スイスの湖での水泳と山でのハイキング。
週150分の有酸素運動で脳の破壊を食い止める
運動が身体によいとはよくいわれていますが、これは脳にもよいのです。
最近では、ジムを併設する企業が増えました。
日本の厚生労働省、欧米の各国政府機関も、週に150分の有酸素運動を健康のために推奨しています。
これは研究が進んでいる分野で、運動の脳に対する効能は主に、以下のようなものがあります。
・有酸素運動をすると、脳内の成長因子である脳由来神経栄養因子(BDNF)が増える。これにより、新しい細胞を成長させ、細胞間のつながり(シナプス)を増やす
・定期的に有酸素運動を続けていると、ストレスに対してコルチゾールの分泌がされにくくなり、記憶を司る海馬の破壊を防いでくれるようになる
・有酸素運動で脳の血流量が増えることにより、脳が活性化する。また長期にわたって運動することで、新しい血管が作られ、血液や酸素の供給量が増え長期的な活性化が望める
また、有酸素運動をすれば、薬に頼ることなく加齢による認知機能の低下や神経変性疾患をかなりの確率で予防できることが、さまざまな実験によりわかっています。
たとえば、2011年のアメリカ・ピッツバーグ大学のカーク・エリクソンの研究チームは、120人の高齢者を対象とした研究を発表しました。
それは、有酸素運動によって海馬が大きくなり、記憶力が向上したという結果でした。1年間の有酸素運動で、海馬の体積が2%増えたということ。
つまり、加齢による喪失を1、2年分取り戻したということになります。
筋トレやストレッチより「早歩き」の方が脳は若返る
「さあ、運動をしよう」と、闇雲に重いダンベルを持ち上げたり、坂道全力ダッシュをしたりしてはいけません。脳にとって一番よい運動を考えていきましょう。
脳のことを考えると、心拍数を、最大心拍数の70〜75%に保つことが一番よいといわれています。
どの程度の運動でその心拍数になるのかは人によりますし、いまはスマートウォッチで簡単に調べられます。あまり運動をしない人だと早歩き、運動をある程度する人だと軽いジョギングくらいでしょう。
先ほど述べた脳由来神経栄養因子(BDNF)を増やし、海馬を大きくするのに一番適しているのは有酸素運動です。
筋力トレーニングやストレッチでは同じ効果を得られません。
上記の、アメリカ・ピッツバーグ大学のカーク・エリクソン率いる研究チームが、120人の被験者を対象に1年間の間隔を空けて、脳を二度スキャンして海馬の大きさを測った実験があります。
実験に先立ち、被験者たちは無作為に2つのグループに分けられ、異なるタイプの運動を行うように指示されました。
一方は、有酸素運動(週に3回、40分の早歩き)。
もう一方は、心拍数が増えないストレッチなどの軽いエクササイズでした。
1年が経過すると、ストレッチを行っていたグループの海馬は平均1.4%縮小していました。平均で年間1、2%縮小することを考えると理にかなった数字です。
これと比較して、有酸素運動を行ったグループの海馬は成長しており、2%ほど大きくなっていました。1年間老化がまったく進んでいなかったどころか、2歳も若返っていたのです。
私も、週3回を目安に、軽いジョギングをしています。
スイスの山の中に住んでいるので、家の周りは自然にあふれており、大自然の中を走ることができます。
このときの心拍数は、最大心拍数の70~75%に抑えるようにしています。
運動でアイデアがどんどん浮かぶデフォルトモードネットワークを体験
有酸素運動の利点は、「脳の破壊を食い止める」ということに留まりません。
デフォルトモードネットワークというものをご存じでしょうか。
簡単にいうと、どんどんアイデアが思い浮かぶ魔法のような脳の神経回路です。
ジョギングは、このデフォルトモードネットワークと深く関わっています。
脳には、特定の課題に取り組むわけではなく、ぼんやりしているときに働きはじめ、記憶を整理したり、感情を整えたりする機能があるといわれています。
ぼんやりしているときに、何かを思い出したり、よいアイデアが浮かんだりという経験はありませんか?
これは、デフォルトモードネットワークによるものです。
特定の課題に取り組んでいるのではなく、ぼんやりしているときに起こるので、人によって生じるタイミングが異なります。
たとえば、散歩しているときによいアイデアが浮かぶ人もいますし、自転車にのっているときに、それが浮かぶ人もいるでしょう。
散歩で、デフォルトモードネットワークを体験する方は多いと思います。
19世紀半ばに活躍したアメリカの偉大な思想家ヘンリー・ソローも、散歩によってその考え方を深めたことで有名です。
著書『歩く』(ポプラ社)の中で以下のように述べています。
「私が語っている歩くということは(中略)運動とは似ても似つかないものです。それ自体が一日の大胆な取り組みであり、冒険なのです」「一日に少なくとも四時間、ふつうは四時間以上、森や丘や草原を越え、世間の約束事から完全に解放されて歩きまわることなしには、自分の健康と精神を保つことができない、と私は思っています」