改めて考えたい「紅麹サプリの問題点」腎機能障害のリスクや課題を医師が解説「腎臓は重大疾患の元凶だった」
紅麹サプリによる健康被害で、腎臓への影響がクローズアップされている。一般的には「おしっこをつくる臓器」程度のイメージしか持たれておらず、日常生活で腎臓のはたらきを意識することは少ないが、腎機能の低下は死に直結する数々の重病を誘発することがわかってきた。健康寿命を左右するこの臓器のはたらきについて、腎臓研究の最前線に立つ名医に聞いた。
教えてくれた人
黒尾誠さん/医師。『腎臓が寿命を決める』(幻冬舎新書)の著者、自治医科大学分子病態治療研究センター抗加齢医学研究部教授
苅尾七臣さん/医師。自治医科大学循環器内科学部門教授、日本高血圧学会副理事長
紅麹サプリでなぜ「腎機能障害」が起きたのか?
5人の死者、283人の入院患者を出した小林製薬の「紅麹」による腎機能障害による健康被害問題。被害者はサプリの摂取後に「腎機能障害」が確認された。
なぜ相次いで腎機能障害が発生したのか。原因物質の特定を進める厚生労働省は5月28日の中間発表で、問題のサプリ原料から検出された青カビ由来の物質「プベルル酸」が腎機能障害の原因である可能性を示した。
厚労省によると、動物実験でラットにプベルル酸を投与したところ、腎臓の「尿細管」という組織に壊死などの機能障害が見られたという。
日本腎臓学会の調査でも、紅麹サプリを摂取した患者に、腎臓の尿細管が障害を引き起こすファンコーニ症候群などの症例が確認された。患者は倦怠感や食欲低下、尿の異常、体重減少などの症状を訴えており、サプリの摂取中止から2か月以上が経っても腎機能の回復が見られないケースが複数報告されている。
『腎臓が寿命を決める』(幻冬舎新書)の著者で、自治医科大学分子病態治療研究センター抗加齢医学研究部教授の黒尾誠医師が指摘する。
「死者の内訳は判明している範囲で70代が3人、90代が1人です。腎機能は加齢に伴って衰える傾向があります。
また、うち1人の既往歴にある高血圧が、腎機能を低下させた可能性があります。紅麹サプリによる死者被害者は、もともと腎機能が低下していたところに、サプリで腎障害が誘発された可能性が考えられます」
腎臓の機能低下は紅麹サプリに限った問題ではない。腎機能の低下が3か月以上継続した状態を指す「慢性腎臓病」の患者は国内に約1330万人──実に成人の88人に1人が罹患していると推計されている。
健康な人であれば、普段の生活で腎臓のはたらきを意識することは少ないが、慢性腎臓病を含む腎機能障害は決して他人事ではないのだ。
「腎臓は“沈黙の臓器”と呼ばれ、不調に気づきにくい特徴があります。慢性腎臓病がさらに進行すれば腎不全となり、尿毒症を防ぐために人工透析か腎移植をしなければ生命を維持できなくなる。腎移植が普及していない日本では人工透析に移行することがほとんどですが、週3回の通院で1回4時間もの透析治療が一生続きます」(同前)
腎臓は健康寿命に関わる重要な臓器
腎臓といえば「おしっこをつくる臓器」程度のイメージが一般的だが、近年の研究では、腎臓の不調が脳卒中や心臓疾患、高血圧などと深く関わり、健康寿命にとって重要な役割を果たす臓器であることがわかってきた。
腰の背中側に左右1つずつある腎臓は、全身から腎臓に流れてくる血液をろ過して、不要な栄養素や老廃物を尿として排泄する機能を持つ。
黒尾医師が解説する。
「腎臓は『ネフロン』という組織の集合体で、ネフロンは毛細血管の塊である糸球体と尿細管からなります。まず糸球体が老廃物を含む血液を大まかにろ過し、尿細管が身体に必要な栄養素を再吸収して血液に戻す役割を果たします。
紅麹サプリの被害で確認されているのは、この尿細管の障害です。本来であれば、尿細管が必要な成分を再吸収した残りが尿として排泄されますが、尿細管に障害が起きれば必要な栄養素を取り込めなくなってしまう」
腎臓は血液の成分量を調整するなかで、「リン」のコントロールも担う。
リンは肉や豆類などに多く含まれ、骨の形成に不可欠な栄養素だが、現代人の食生活では過剰摂取になりがちで健康を害する可能性が高い。さらに腎機能が低下し血中のリン濃度が高まると、“老化促進物質”として人体に悪影響を及ぼすとされる。リンと寿命の関係に着目した第一人者でもある黒尾医師が続ける。
「私は今から約30年前の実験で、リンを尿中に排泄できない突然変異のマウスを発見しました。様々な老化症状が現われたそのマウスは早死にしてしまい、腎機能とリンが及ぼす寿命への影響に着目したのです。
すると興味深いことがわかりました。自然界に生息している動物の寿命を調べると、血中のリン濃度が低い動物ほど寿命が長いという相関があったのです。そこで私は、リンを“老化促進物質”と捉えて研究を続け、血中のリン濃度を制御する腎臓のはたらきが健康寿命と関連すると結論づけてきました」
慢性腎臓病の人は心疾患のリスクが上がる
近年の研究で、リンは「動脈硬化」の重要なリスク因子となり、脳卒中や心筋梗塞などを引き起こすこともわかってきた。
一般的には、動脈硬化はLDLコレステロールなどの脂質が原因として知られる。ところが、リンによる動脈硬化は、脂質による動脈硬化のメカニズムとはまったく異なるという。
「LDLコレステロールなどの“脂”は、血管内壁に付着して血管を狭くするため、血栓ができやすくなって脳卒中や心筋梗塞の原因となります。
一方、腎機能が低下してリンの血中濃度が高まると、血液中でリンがカルシウムと結合してCPP(リン酸カルシウムのコロイド粒子)という物質に変化します。
このCPPは体内の細胞などを直接傷つける“毒性物質”で、血管そのものを傷つけることで動脈硬化を引き起こします。血管が“劣化したゴムホース”のように硬く、ボロボロになってしまうと考えればわかりやすいでしょう。この『血管石灰化』による動脈硬化が脳卒中、心筋梗塞を引き起こします」(同前)
黒尾医師は、「腎機能の低下によるリン(CPP)の影響はまだまだ知られていない」と危機感を募らせる。
「血中CPPは、がんやアルツハイマー病などあらゆる慢性疾患の原因とされる『非感染性慢性炎症』の原因となる可能性も高いと考えられています。腎機能の低下が及ぼす影響について多くの方に知っていただきたいと考えています」
黒尾医師は「リンは普段の食事で、知らず知らずのうちに体内に入ってきてしまっている」と指摘する。
腎機能が低下すると「高血圧」の要因にも
自治医科大学循環器内科学部門教授で、日本高血圧学会副理事長の苅尾七臣医師が言う。
「腎臓は体内の過剰なナトリウム(塩分)を尿として排泄し、調整する機能を持ちます。腎機能が低下してナトリウムが体内に蓄積すると、体は循環する血液の量を増やしてナトリウム濃度を下げようとします。そうして循環血液量が増えることで高血圧が誘発されると考えられます」
さらに、腎臓の交感神経が、全身の血圧を見張る“センサー”の役割も果たしているという。苅尾医師が続ける。
「腎臓の交感神経が活発化すると、『レニン』という物質の分泌が促進されます。分泌されたレニンが、血管を収縮させる物質(アンジオテンシン2)に変換されることで、血圧を上げる要因となります。血圧が下がりすぎた際にコントロールする役割を持つのです。高血圧患者のなかには、これが正常に機能しておらず、レニンの分泌が過剰となっているケースが考えられます」
ちなみに主要な降圧剤のARBやACE阻害薬は、レニンが変換されてできるアンジオテンシン2の作用を抑えることで血圧を下げる薬である。
腎臓病の最新治療と課題
こうした腎臓のメカニズムを踏まえ、腎臓の外科手術で高血圧を治療するアプローチも研究が進められている。レニンの分泌を引き起こす腎臓の交感神経からの刺激を断つ「腎デナベーション」と呼ばれる術式だ。
日本で腎デナベーション手術の臨床試験をリードする第一人者でもある苅尾医師が説明する。
「動脈からカテーテルを挿入して、腎臓の交感神経を高周波エネルギーなどで焼灼して遮断する手術です。それにより交感神経の活動を抑えることで血圧を下げます」
腎デナベーション手術を受けたドイツの高血圧患者のケースでは、215あった最高血圧が術後に140程度まで低下したという。
「この手術ではベースラインの血圧が高い人ほど効果が見られ、長期にわたって持続するため、10年以上は投薬量の増加を抑制できると考えられています。現在も治験が行なわれており、実用化は2026年以降を見込んでいます」(苅尾医師)
腎臓の新たなはたらきに着目した最新治療が進むなかで、課題もある。
前述した腎臓の「ネフロン」は、加齢とともに減少することが解明されている。前出・黒尾医師は「ネフロンは、左右2つの腎臓であわせて約200万個あると考えられていますが、60代、70代になると20代の頃の約半分まで減ってしまう」と指摘する。
「つまり、60代、70代になると、腎臓が1つになってしまうのと等しい。ネフロン数の減少は、糖尿病や高血圧といった生活習慣病患者に顕著ですが、そうした症状のない人でも加齢に伴ってネフロン数は減少していきます。今回の紅麹サプリのような直接的な引き金がなくても、腎機能の障害は誰にでも起こりうるのです。今後は『腎臓の老化』の制御、ネフロンの減少を緩やかにさせることが社会的な課題になると考えています」(黒尾医師)
写真/毎日新聞社・アフロ提供
※週刊ポスト2024年6月21日号
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