猫が母になつきません 第397話「フリーズする」
人間、慣れないことが起こると対処できず脳がフリーズするそうです。母は愛情とかを表現するタイプではなく、最近のお母さんみたいにハグしたりほめたり尊重したりなんてことは全くしないし、そもそもかわいがられたなんていう記憶もないハードタイプのお母さんでした。仕事で忙しかったし余裕がなかったのだと思います。
ある日私が施設を訪ねたときのこと、母は他の入所者さんと塗り絵をしていました。施設を移って環境にも慣れてきて、そのころには母は私が行くといつも「あら来たの」と顔がぱっと明るくなるほど回復していました。「娘さんなの?」と問われ(←何度会っても同じ質問されます)、母は「そう、私の最愛の…」まで言いかけてフリーズしました。正直私も「最愛の」を聞いたときにはぎょっとしたのですが、本人も「私ったら何言おうとしてんの」という気持ちがあったらしく、最後まで言おうかどうしようか迷ったあげくフリーズしてしまいました。その方が気を遣って「最愛の娘さんなのね」と言葉をついでくださって、親子共々助けられましたが、あの沈黙があれ以上続いていたらと思うと…(汗)。
親子の間でどのくらい愛情や感謝を言葉にするものなのか。すくなくともうちでは私が何をしても母からは「ありがとう」もなく、文句はいっぱい言われるのが普通でした。だからどうということもなく、あたりまえにやり、あたりまえに受け取るものでした。あたりまえと言ってもいつも平和なわけではなかったし、母の認知症の症状が進んでからはかなり悲惨な状況になって一時は意思の疎通もほとんどできなくなっていました。そんな母の口から出た「最愛の…」、うっかり言ってから自分でも「なんか違うな」と思って途中でやめてしまうのが母らしい(苦笑)。もし最後まで聞いていたら私もどんな顔をしていいかわからなかったと思うし、今はそれが私にとっては笑い話になっていることに救われています。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。