北里大学名誉教授が教える|がん治療を補完する漢方と薬食同源レシピ
今から100年以上前、まだ医療が病原菌の発見や新薬の研究に没頭し、「予防」という概念が理解されなかった頃。「医者の使命は、病気を予防することにある」と、予防医学を生涯の仕事とした人物がいる。北里柴三郎。「人間はすでに病気を治すシステムを体の中に備えている」と、人の免疫抗体を発見。体が備えた“免疫力”“治癒力”を初めて医学の土壌にのせ、新紙幣の千円札(新紙幣千円札は、2024年発行予定。表面が北里柴三郎の肖像。裏面が葛飾北斎筆)の肖像となる医学者だ。
10年前に乳がんを患い、手術、抗がん剤治療、ホルモン治療等を行った本誌記者(59才・その後、再発なし)が、各種治療とともに真剣に取り組んだのが「食生活の見直し」。食事、運動、睡眠など日々の生活が、がん予防にいかに大切か、自らの体験を踏まえつつレポートします。
今回ご登場いただくのは、柴三郎が築いた北里研究所の学統を継ぐ、北里大学名誉教授の花輪壽彦さん。予防医学の延長にある「漢方」を長年にわたり研究し、西洋と東洋、両医学を併用し治療にあたる医学博士である。そんな花輪さんに「漢方」の考え方を聞いた。
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漢方で現代医学のがん治療を補完
─―がんに対する漢方の考え方を教えてください。
花輪 まず治療に関して言いますと、漢方や食事だけでがんが治るという考えは危険です。がんはとても手強い病気です。対策は、定期的なチェックによる早期発見と手術、抗がん剤、化学療法、放射線療法、免疫療法など進歩した現代医学的治療を優先すべきです。その上で現代医学のがん治療を「補完」する、あるいは「副作用を緩和する」ために漢方薬は有用な面があります。西洋医学はCTなどで病巣を見つけて分析し、局所的に治療をすることに優れています。一方で漢方は、人それぞれの体質を分析し、なんとなく元気がない、具合がよくない、体が冷えて調子が悪いなどの体調不良を改善するのに効果的です。いわゆる病気を未然に防ぐ「未病」という考え方で成り立っています。近年、この漢方治療の効果が再評価され、西洋医学の分野でも取り入れられるようになりました。
─―どのような治療を行うのですか?
花輪 西洋医学は病巣に対してピンポイントで治療しますが、漢方ではまず患者さんの体調や体質を見極めて、その人に合った治療を施します。がん治療には副作用を伴うものが多いので、漢方薬をエビデンスに基づいて併用することにより、QOL(生活の質)を改善することができます。使用する薬は植物や鉱物など自然界に存在する天然由来の生薬で、1種類ではなく、多種類(2種類以上)組み合わせて使うのですが、組み合わせ方や分量は、数千年という長い年月の中で蓄積した経験値として体系化されてきました。副作用が少ないので、患者さんが抱えるさまざまな症状に対処できるのも利点です。
日々の食事は、健康を維持する要
─―食事についてどうお考えですか?
花輪 古くから「薬食同源」という言葉があります。健康によい食材をバランスよく取れば病気を予防できるという考えです。私は長年、西洋医学の内科医としても患者さんと接してきましたが、例えば高カロリー輸液の点滴や胃ろうから1日2000kcalぐらいの栄養を患者さんに投与しても栄養が身につきません。栄養学的には完璧なはずなんですが、中には副作用を起こす人もいる。ところが、少ない栄養量でも口から食べて噛んで、ゆっくり胃の中に入れて消化すると、体に身について健康を維持できるんです。人間の生命力の驚くべきところだと思います。日々の食事は、人間にとって大切な、命の薬なんです。
─―普段からどんな食事を心がけたらよいのでしょうか?
花輪 食事で大切なのが「バランス」です。当たり前のことですが、実践するとなると難しい。漢方には「つねに体も心も中庸にする」という概念があります。中庸とは、すべてのバランスが片寄らず中正を保つこと。食事でいえば、「食べすぎない」「飲みすぎない」「太りすぎない」「やせすぎない」。中間を維持することで健康が守られるという考えです。健康にいいからと同じ食材ばかりを食べ続けていれば害にもなります。生薬も1種類だけをのみ続ければ毒にもなる。栄養が片寄らないように多種類を組み合わせることが重要です。
─―おすすめの食材はありますか?
花輪 まずは食物繊維が豊富で、胃腸の働きをよくする食材を積極的に取ることが大切です。なぜなら胃腸が弱れば、栄養を吸収することができません。胃腸を整えるには、しそやフェンネル、山椒、山いも、陳皮(みかんの皮)などがおすすめです。また、しょうが、くこ、菊、紅花など血行をよくする食材は、特に女性が抱える疾患に効果があります。血行がよくなり体が温まると免疫力も向上して、がん予防にもつながります。他、くず、ごま、はと麦なども免疫機能を整えます。
そもそも人間は自然の一部。人が本来持っている免疫力や治癒力は、他の生き物同様「命の要」です。抗生物質や抗がん剤だって免疫があってこそ効果があります。食事はその免疫力を整える重要なサポート役。まさに北里柴三郎先生が追い求めた予防医学の延長に、日々の食事もあるのです。
薬食同源の食材とメニュー
●ごま豆腐 (3~4人分)
〈材料〉
くず粉……50g
練りごま……50g
水……500ml
塩……少々
砂糖……少々
〈作り方〉
【1】材料を鍋に入れてよくかき混ぜ、弱火で約15分、練りながら煮込む。
【2】バット(流し箱)に【1】を入れ、冷蔵庫で冷やせば完成。
葛根(くず)
葛根はマメ科植物のくずの根で、日本では古くから「くず餅」や「ごま豆腐」などの原料として使われてきた。発汗、解熱作用があり、風邪のひき始めや免疫力の維持に効果がある。
胡麻子(ごま)
抗酸化作用の高いセサミンを多く含み、がん予防、老化防止に効果がある。鉄分が多く貧血にも効き、便秘や冷え症も改善。古くから不老長寿の妙薬として珍重されてきた食材。
●干ししいたけと鶏肉の薬膳スープ(2~3人分)
〈材料〉
干ししいたけ……大1個
鶏肉(もも)……150g
小松菜……50g
くこ……適量
水……3カップ
〈A〉
しょうが……1片(細切り)
にんにく……1片(すりおろし)
ねぎ……適量(小口切り)
〈B〉
しょうゆ……小さじ1(好みで調節)
塩……少々
こしょう……少々
〈作り方〉
【1】干ししいたけを水1カップでもどし細切りにする(もどし汁はとっておく)。
【2】鍋に水2カップと鶏肉、Aを入れて中火で煮立ててアクをとる。
【3】【2】に【1】のしいたけともどし汁、ざく切りの小松菜を加えて弱火で10分ほど煮て、Bで味を調える。器に盛り、仕上げにくこを添えれば完成。
香菇(しいたけ)
体や脳の細胞を活性化させ、免疫力を高める。糖尿病や高血圧予防にもよい。がんの予防に有効な成分β-グルカンが豊富で、がん治療薬にも配合されている。日光に当てるとビタミンDが増え、カルシウムを吸収する力が飛躍的に高まる。
●くこのコンポート
〈材料〉
くこ……50g
ドライフルーツ(レーズン、プラム、アプリコットなど好みで)……150g
水……400cc
グラニュー糖……50g
クローブ……2~3粒
シナモン……1/2片
〈作り方〉
【1】鍋にすべての材料を入れて火にかける。
【2】沸騰したら弱火にし、蓋をして約15分煮込めばコンポートの完成。ヨーグルトにトッピングするとおいしい。
※保存がきくので多めに作って冷蔵庫に保管。
枸杞子(くこ)
血行をよくして血糖値やコレステロール値を下げる。貧血、ひざや腰の痛み、目の疲れにもよい。長く続けることで肝臓や腎臓を丈夫にし、免疫機能を高めてがん予防や老化防止にも効果がある。
●ちりめん山椒
〈材料〉
ちりめんじゃこ……150g
実山椒(茹でて下処理したもの)……大さじ3
〈A〉
酒……カップ1 1/4
しょうゆ……大さじ2(好みで加減を)
みりん……カップ1/4
〈作り方〉
【1】鍋にAの調味料を入れて火にかけ、沸騰したらちりめんじゃこを加えて弱火で10分ほど煮る。
【2】実山椒を加えて煮汁がなくなるまで5~7分ほど煮る。
蜀椒(山椒)
内臓の活動を活発にして代謝機能を高め、消化不良や食欲不振、胃痛、胃下垂などに効果がある。整腸作用があることでがん予防にも期待され、東洋医学では消化器系のがん治療薬として配合することもある。
●しょうがとレモンのビネガー
〈材料〉
しょうが……15g
レモン……15g
米酢(ワインビネガーでもよい)……200cc
はちみつ……適量
〈作り方〉
【1】しょうがは細切り、レモンは輪切りにする。
【2】容器に米酢とはちみつを入れ混ぜて、【1】を漬け込む。約1週間ほど冷暗所で保管すれば完成。
生姜(しょうが)
血行をよくして新陳代謝を高め、免疫力を高める。体を温めて発汗させ熱を下げる作用があるので、風邪のひき始めに食するとよい。吐き気を抑えて胃腸をすっきりさせるので二日酔いにも効果がある。
●フェンネルとシナモンのオイル
〈材料〉
フェンネルシード……5g
フェンネルの葉……適量
シナモン……1/2本
陳皮(みかんの皮)……5g
オリーブオイル……100~150㏄
〈作り方〉
容器に材料を入れて、1か月ぐらいおけば出来上がり。炒め物やパスタのオイル、ドレッシングなどに使うとおいしい。
小茴香(フェンネル)
胃腸の働きを活発にして免疫効果を高める。消化不良や食欲不振、胃痛や冷えによる腹痛にも効果があり、胃腸薬にも配合されている。しそと陳皮の鶏肉炒め(3~4人分)
●山いものごま和え(2~3人分)
〈材料〉
山いも……200g
煎りごま……大さじ1
片栗粉……少々
揚げ油……適量
しょうゆ……大さじ1
みりん……大さじ1
〈作り方〉
【1】山いもは皮をむき短冊に切る。
【2】片栗粉をまぶし、油で揚げる。
【3】しょうゆ、みりん、煎りごまを絡めれば完成。
山薬(山いも)
消化酵素を多く含み、下痢など消化機能の改善に効果がある。滋養強壮、免疫力を高める作用もあり、老化防止の薬として古くから食されている。
●しそと陳皮の鶏肉炒め(3~4人分)
〈材料〉
鶏肉(もも)……500g
大葉……10枚
陳皮……5g
オリーブオイル……大さじ1
〈A〉
酒……大さじ1
しょうゆ……大さじ1/2
塩……少々
こしょう……少々
〈作り方〉
【1】一口大に切った鶏肉にAの調味料を揉み込んで10分ほどおく。
【2】フライパンでオリーブオイルを熱し、鶏肉を入れて蓋をし中火で焼く。
【3】焦げ色がうっすらついたら鶏肉をひっくり返して再び焼く。
【4】鶏肉に火が通ったら、千切りにした大葉と陳皮を加えさっと炒める。
蘇葉(しそ)
免疫機能を調整する抗酸化作用が高く、がんや成人病の予防に効果がある。胃液の分泌、腸の動きをよくし、アトピー性皮膚炎や花粉症への有効性も認められている。
陳皮(みかんの皮)
陳皮はみかんの皮を乾かしたもの。胃の働きを活発にし、胃もたれや食欲不振に効く。風邪やがんの予防にも効果があるとの報告もある。
※薬膳専門店や自然食品店、通販などで購入可能。自分で作る場合は、無農薬のみかんを使用すること。
お茶に向く漢方食材
●菊花(きく)
お湯を注ぐだけで手軽にできるお茶は、体を温め心身ともにリラックスでき、薬効の吸収率も上々。特に体の冷えからくる女性の疾患に効果がある。時間をかけて煮出したお茶は薬効が向上。香りを楽しむなら沸騰させたお湯を注ぎ、数分おいて人肌になってから飲むとよい。くこ、陳皮(みかんの皮)、桂皮(シナモン)、しょうがのミックス茶も血行を促進させ、おいしい。血行促進、血圧降下、鎮静作用があり、ストレス解消に役立つ。OA機器による目の疲れにも効果的。湯を注いで菊茶にすると、リラックスできて免疫力も高まる。カップに菊花茶を入れて湯を注ぎ、しばらくおいて花が開いたら飲みごろ。
●紅花(べにばな)
薬理実験で子宮や血管の動きを活発にする作用が認められている(妊娠中の人は控えること)。血行をよくして体を温め免疫機能もアップ。生理不順や生理痛、更年期障害など女性の疾患を予防する働きがある。ミントなどと一緒にハーブティーにして飲むとおいしい。
●薏苡仁(はと麦)
がん細胞の発育、成長を抑える作用があるとして、古くからがん予防に使われている生薬。また利尿効果があり体のむくみも解消。かさついた肌を潤し「美肌作りの妙薬」ともいわれている。香りがよく、ドクダミなどにおいの強いお茶と混ぜてもおいしい。
教えてくれたのは
医学博士・花輪壽彦さん/1953年、山梨県生まれ。北里大学名誉教授。北里大学東洋医学総合研究所名誉所長。西洋医学を修めた後、漢方治療を長年研究。『漢方薬・生薬の教科書』『漢方診療のレッスン』他、著書多数。
撮影/茶山浩
※女性セブン2019年5月23日号
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