連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第247回 時間を気にせず外出できる喜び】

 57才で若年性認知症を発症した兄(現・65才)と暮らすライターのツガエマナミコさんが綴る連載エッセイ。症状が進んだ兄を在宅で介護することに限界を感じたマナミコさんは、兄の施設入居を決意したものの、なかなか兄を受け入れる施設は見つからず、現在は、3~4日間のショートステイを月に2~3回利用中。兄の様子を気にせず過ごす時間はマナミコさんにとって貴重な自由時間になっているようです。

 * * *

兄がいればこその「美味しい自由」?

 朝一番、いつものように寝ぼけ眼でトイレのドアを開けましたら、兄が出てきてビックリいたしました。しかも毛布を持ち込んでおり、無残にも半分便器の中につっ込まれておりました。

 その日は冷たい雨。洗濯した毛布は、半日ベランダで干して粗熱ならぬ粗水がとれたところで、お風呂場の衣類乾燥をフル回転させて仕上げの乾燥をいたしました。文明のありがたさを思うと同時に、快晴ならあっという間に乾くことを思い、改めてお日様のありがたさ、偉大さを実感いたしました。

 ショートステイを頻繁に利用するようになって、だいぶわたくしの自由度が増してまいりました。なにより門限がないことが気持ちにゆとりを与えてくれます。そして急なお誘いにも応えられることが嬉しくてしかたがありません。

 先日のショートステイ中には、友人から「子どもがお芝居をやるのでお時間ある人は見に来て」というグループLINEがあり、翌日、一人カラオケでひとしきり熱唱した後に観に行って参りました。

 コロナ禍で4年ほど会わないうちに、幼かった子供たちは大人びて、しっかりしたお芝居をしておりました。「子どもは4年あればこんなに成長するのか」と眩しくて眩しくて、それだけで我が子でもないのにウルウル。翻って自分は4年間で衰えるばかり。きっとどこか成長もしているのでしょうが、衰えの方が圧倒的に目立ってしまって、併せてウルウルが止まりませんでした。トホホ。

 その帰りには久しぶりに会った数人で横浜みなとみらいに繰り出し、最近できたロープウェイ(乗車5分間で1000円は高い)に乗って横浜の夜景を堪能し、ビアホールに立ち寄り、軽くご飯をして帰ってまいりました。

 兄が家にいたらこんなことはできません。時間を気にせず外出できることは至福。ショートステイはそれを叶えてくれる魔法でございます。でも不自由がなければ自由も存在いたしません。わたくしの自由の味をより美味しくしてくれているのは間違いなく兄でございます。兄がいればこその「美味しい自由」。そんな風に考えると兄を施設に入れた後に待っているのは「味気ない自由」な気もしてまいります。

 いやいや、すべては自分次第。「雨だろうが、晴れだろうが、そんなことは関係なく、灯りは自分の中から灯すものですよ」と、先日取材した方がおっしゃっていましたっけ。

 ショートステイ帰りの兄は、「ほ、ほ~」と部屋を見回し、まるで賃貸物件を見学しに来た人のよう。このマンションに越して来て丸4年になりますが、兄にとっての”我が家”は未だに小学生の頃に住んでいた団地なのかもしれません。

 ショートステイで離れてみると、少し優しい気持ちが芽吹いてきて、「こんなサイクルならもう少し在宅介護できそう」と思うのですが、帰ってくると途端にお尿さま攻撃で新芽を摘み取られてしまい「あー、もうやっぱり施設」となる繰り返し。兄の認知症の進行と、自分の気力体力の衰えが、おのずと結論を出してくれそうでございます。

 最近、多和田葉子さんの著書「献灯使」を読みました。100歳を過ぎても健康で死ねない体になってしまった老人世代と、それとは真逆に歩くこともままならないほど体力がなく庇護されるひ孫世代が生活する世界がありました。いかにも現代社会がこのまま人間ファーストで突き進んだ先にありそうなディストピア(反理想郷)は、ただの物語、架空の世界と楽観できないほど興味深いものでした。

 ひ孫のために献身的に働く老人が、物語の終盤で世の中の不条理を吐露する件(くだり)には、そうだそうだ!とこぶしを挙げてしまいました。思わず文庫本に付箋を付けたほどでございます。何を見ても腹立たしいような心の動きがいちいちど真ん中に突き刺さり、ディストピアの老人とわたくしはあまり変わらないんだなと、浅い感想を抱いたツガエでございました。

前の話を読む 次の話を読む

この連載の一覧へ!

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

●「高齢の親が入院!退院後の生活が不安」そんな人におすすめの介護施設と活用法を専門家が解説

●「介護の仕事を辞めて家でゴロゴロしている息子が心配」憂う母を毒蝮三太夫が伝える“息子への寄り添い方”

 

ニックネーム可
入力されたメールアドレスは公開されません
編集部で不適切と判断されたコメントは削除いたします。
寄せられたコメントは、当サイト内の記事中で掲載する可能性がございます。予めご了承ください。

この記事へのみんなのコメント

  • ふじこちゃん

    ツガエさん、こんにちは! お兄様がショートステイに行ってくれるとホッとしますね。お友達と会ったり、お買い物に行っても時間を気にせずゆっくりできる優越感… 先日父のリハパンを買って急いでエスカレーターを駆け上がっていたら転んでしまい恥ずかしかったし、私がケガしたら介護どころじゃないじゃん!反省しました… 父がショート先で転倒して10日経ちます。幸い骨折もなく何とか歩ける状態にはなりましたが、ここ2ヶ月転倒が続いており心配です。コロナ禍で家の近所だからというだけで決めてしまい、私の休息と何かあったときの御守り代わりのショートステイですが、「こんなことなら預けなきゃよかった…」と思ってしまう葛藤の日々です。父にしてみれば私が勝手に決めた所に連れて行かれて、不穏、不満でしょう…お兄様はショート先ではどのようにお過ごしなのでしょうか?少しでも楽しく笑顔で過ごしてもらいたいものですね。介護する方もされる方もー

最近のコメント

シリーズ

介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
神田神保町に誕生した話題の介護付有料老人ホームをレポート!24時間看護、安心の防災設備、熟練の料理長による絶品料理ほか満載の魅力をお伝えします。
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
老人ホーム(高齢者施設)の種類や特徴、それぞれの施設の違いや選び方を解説。親や家族、自分にぴったりな施設探しをするヒント集。
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
話題の高齢者施設や評判の高い老人ホームなど、高齢者向けの住宅全般を幅広くピックアップ。実際に訪問して詳細にレポートします。
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
介護食の基本や見た目も味もおいしいレシピ、市販の介護食を食べ比べ、味や見た目を紹介。新商品や便利グッズ情報、介護食の作り方を解説する動画も。
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の困りごとの一つに“ニオイ”があります。デリケートなことだからこそ、ちゃんと向き合い、軽減したいものです。ニオイに関するアンケート調査や、専門家による解決法、対処法をご紹介します。
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
話題のタレントなどの芸能人や著名人にまつわる介護や親の看取りなどの話題。介護の仕事をするタレントインタビューなど、旬の話題をピックアップ。
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護保険制度の基本からサービスの利用方法を詳細解説。介護が始まったとき、知っておきたい基本的な情報をお届けします。
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
数々ある介護のお悩み。中でも「排泄」にまつわることは、デリケートなことなだけに、ケアする人も、ケアを受ける人も、その悩みが深いでしょう。 ケアのヒントを専門家に取材しました。また、排泄ケアに役立つ最新グッズをご紹介します!