猫が母になつきません 第388話「こわい」
古い家にばかり住んでいます。東京で長く住んでいたマンションは昭和46年にできた今風の言い方だと「ヴィンテージマンション」だったし、実家は私が小さい頃に建てられた木造の家、今住んでいる賃貸の平屋は築56年です。選んでいるわけではないのですが、新しい家に縁がないようです。
実家の時は畳でしたが今の家は板張りで窓が多いのでさらに寒い気がする。真冬はブランケットを腰に巻き、ダウンジャケットを着て過ごしていたほど。エアコンの温風がうまく部屋全体にいきわたらないのがいけないんじゃないかと天井にシーリングファンをつけることにしました。サーキュレーターとどちらにするか迷いましたが、音が気になるし、空気清浄機もあるのでさらにサーキュレーター置くと邪魔だしで、そうだ!天井につければいいじゃない!とわれながら妙案に大満足してさっそくネットでシーリングファンを買いました。アウトレットでお買い得な商品も見つかりました。賃貸なので照明器具をつける引っ掛けシーリングを利用して取り付けるタイプに。安くなっていたのが照明は付いていないタイプだったのでリビングのメイン照明は無し。どっちみち引っ越して以来間接照明だけで過ごしていました。取り付けが終わりリモコンでスイッチオン。なんだかリゾートっぽい感じに酔いしれていると、おなかがすいて起きてきたさびが天井でくるくる回る異物に気づくや否やテーブルの下にダッシュでイン! 興味を持って飛びつこうとするかもというような心配をしていたので、全く逆の反応になんだか申し訳ないような気持ちに。そうかー、こわいかー。それでもリビングには来たいさび、最初は匍匐(ほふく)前進の全速力という器用な走りでテーブルや椅子の下を進んでいましたがだんだん慣れて数日後にはくるくるの下でもネズミのおもちゃを追っかけて遊べるようになりました。たまに上目遣いで天井の様子をうかがっていますが。
今の家は実家の売却にともなって探した家で、母が入っていた施設に近くて猫が飼えるという絶対条件を満たしていました。駐車場がついていて、少し段差はありましたが車椅子でも玄関から入ることが可能なつくりになっていたのもいいと思いました。しかし、建物が古くファミリー向けの造りではなく、駅から遠いので人気物件とはいえません。たぶん人気物件だったら私はこの家を借りることはできませんでした。高齢者にさしかかっていて、家族もなく、定収入もない。審査におちる条件が揃っているからです。他にも借りたいという人がいた場合、私のような人はまず選ばれません。借りれらる場合は《家賃保証会社》+《連帯保証人(親族に限る)》の両方を求められるケースが多いし、今の家もそうでした。高齢者は親族で連帯保証人が見つからないケースも少なくないと思います。疎遠だったりしたら頼みにくいし、どんどんいなくなってしまうわけですし。綺麗に使いますとか、家賃はちゃんと払えますとか、そんなことは関係なく高齢一人暮らしで定収入がないということで審査を落ちまくる現実にはけっこう打ちのめされました。いつのまにか私には《社会的信用》というものがなくなっていたのだな、と。きっと家を借りることに限らず、何かを始めようとしたときにも同じような問題に直面するのだと思います。母が亡くなって以来「これからは自分のしたいことを」とよく言われますが、なんだかピンときません。
私は今夜も天井のくるくるの下で両腕でさびを包み込みながら「こわくない、こわくない」と言い聞かせます。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。