イギリス発の最新長寿術「階段1日60段」は散歩の4倍の運動効果、心疾患や糖尿病のリスク低下に【医師解説】
医学の世界は日進月歩、各国ではさまざまな研究が行われている。そんな中、普段何気なく使っているあるものの驚くべき健康効果が論文として発表され、専門家たちから大きな注目を浴びている。実践すればあなたもすぐに長寿の仲間入りかも?イギリス初の最新長寿術「階段」を使った健康法を専門家に解説いただいた。
教えてくれた人
同志社大学スポーツ健康科学部教授・石井好二郎さん
秋津医院院長・医師 秋津壽男さん
日本健康運動研究所代表・菅野隆さん
イギリスの研究チーム「階段」と健康の大規模調査を実施
今年こそは健康のために運動する──2024年が始まったばかりのいま、そう決意してウオーキングやランニングに取り組んでいる人は少なくないはず。スポーツジムでも「新春入会キャンペーン」が花ざかりだが、最新の論文では、お金も道具も一切必要のない、日常的に取り組めるもっと効果的な「運動」の驚くべき健康効果が報告されている。
その運動とは「階段を上る」こと。2023年10月、英・グラスゴー大学を中心とした研究チームが、階段の使用と健康に関する初めての大規模な調査を実施し、両者に深い相関関係があるとして論文にまとめたのだ。
異色の研究について、同志社大学スポーツ健康科学部教授の石井好二郎さんは、こう高く評価する。
「日常生活で普段行っている階段の上り下りが、スポーツジムでの運動と同様の健康効果を見込めることを科学的に証明した画期的な論文だといえるでしょう」
無料で始めることができ、専用の靴も服もいらない。家にも会社にも、どこにでもある階段の持つすばらしい運動効果をみていこう。
階段を上るのは散歩と比べ3~4倍の運動効果が
今回の研究は、イギリス国民の健康データ「バイオバンク」をもとに、1日の階段利用回数と健康状態の関係性を調査したもの。
階段の利用1回を「10段上る」として「使わない」「1~5回」「6~10回」「11~15回」「15回以上」の5グループに分類し、それぞれの群の人たちの疾患リスクを比較した。
その結果、「6~10回」のグループ、つまり60~100段上っている人は慢性閉塞性肺疾患、2型糖尿病の発症リスクに関して、最大の有益性が得られた。加えて心筋梗塞や心不全などの心疾患リスクも1日のうちまったく階段を上っていない人と比べて12%低下し、脳卒中も11%低下していることが確認された。
そして、<比較的低いレベルの定期的な階段利用(1日あたり6回)であっても、幅広い重要な健康転帰のリスクを有意に低下させることに関連するという証拠を提供した>と結論づけられている。階段60段といえば日本の建築物ではだいたい3階分に相当する。なぜその程度の運動で、これほどの健康効果が得られるのか。秋津医院院長の秋津壽男さんが説明する。
「胸が苦しくなるほどではないものの、ある程度体に負荷がかかり、筋肉を鍛えることのできる階段上りは『有酸素運動』にあたります。有酸素運動には、動脈硬化の予防効果などさまざまな健康効果があり、狭心症や心不全のリハビリなどにも利用されています。
また、平地を歩くのと階段を上るのでは関節の動かし方がまったく違うため、ウオーキングにはないメリットも数多くある。例えば、ただ歩くよりも体にかかる重力も心臓への負荷も大きい。散歩と比べ、3~4倍ほどの運動効果があります」
階段でふくらはぎの筋肉が鍛えられる
階段を上るために足を上げる際、「第二の心臓」ともいわれるふくらはぎが刺激されるのもポイントだ。
「ふくらはぎの筋肉が鍛えられることで、下半身の血液が心臓に戻りやすくなるのです。全身の血の巡りがよくなり、心肺機能の強化も見込めます」(秋津さん)
石井さんも血流改善効果に注目していると声をそろえる。
「心拍数が上がることで血管の柔軟性を高める効果を持つ『NO(一酸化窒素)』と呼ばれる物質が放出されます。また、筋肉を動かすことで健康効果を高める『マイオカイン』が分泌されることも明らかになっています」(石井さん・以下同)
マイオカインとは筋肉から分泌されるさまざまなホルモンの総称で、若返り効果や脂肪燃焼、脳の活性化、病気のリスク減少などをもたらしてくれる。
「加えて、階段上りはお尻の大殿筋(だいでんきん)を動かすため、ヒップアップ効果も得られるのです」
お尻を触ったまま、歩く動作と階段を上る動作を比較すれば、筋肉の動きが大きく違っていることが実感できるだろう。日本健康運動研究所代表の菅野隆さんは「年を重ねた女性こそ、取り入れてほしい」と話す。
「筋肉が鍛えられると骨も強くなることがわかっています。特に女性は閉経後に骨密度が低下するため、骨粗しょう症対策に階段上りは効果的です」
60段を1日3回に分けても問題ない
万病を退け、スタイルアップも見込める階段上り。秋津さんは、より効果的な方法として「下り」とあわせて取り入れることを推奨する。
「患者さんには“ワンアップ、ツーダウン”つまり最初は1階分上り、楽な下りは2階分歩きましょうと伝えています。これができるようになったら“ツーアップ、スリーダウン”といったように、歩く段数を徐々に増やしていけばいい。
また、階段の下りは楽に感じますが、実は上りよりも太ももの筋肉が刺激されやすい。両方をミックスすることでまんべんなく下半身を鍛えることができます」(秋津さん・以下同)
その際、急ぎすぎたり、効果が高そうだと考えて1段飛ばしをするのはNG。
「階段で怖いのは転倒です。体力に自信があっても1段ずつ、すぐに手すりを掴める位置を歩きましょう。
また、必ずしも一気に60段連続で上る必要もない。例えば朝、昼、晩と3回に分け、1日合計の上り下りが60段であれば問題ありません。ただし、余力があればさらに段数を増やしていきましょう。
前出の論文でも、心疾患のリスクは上る段数が増えるほど低下しています。だから、“60段上り下りすればいい”ではなく“せめて1日に階段60段だけは上りましょう”という意味として捉えてください。日常でもエスカレーターよりも階段を使うよう意識してほしい」
転倒が不安な場合、手すりに掴まったまま上り下りしても問題ないが、姿勢は大事になる。
「腰を痛めないように、いい姿勢でいることを意識しましょう。背筋を伸ばして、頭からお尻の穴までが一直線になるように心がけてください」
階段を使うほどに健康効果は高まるが、「無理をしないことも大事」と菅野さんは注意をうながす。
「途中の踊り場で休みながら上ってもいいですし、つらければそこで終わりにしてもいいんです。何より大切なのは、毎日少しずつでも続けていくことです」
足を動かしている際のメンタルが肝要だと話すのは石井さんだ。
「ポイントは“自分から進んでやる”を意識すること。体を動かす仕事をしている人が、運動をしていない人に比べて死亡リスクが高くなる『身体活動のパラドックス』という現象があり、やらされている運動では健康効果が得られないことがわかっています。
つまり、普段から移動のためにいやいや階段を上っていると考えるのではなく、体にいいことをしていると思いながら階段を上ると、より効果が得られるのです」(石井さん)