噛み合わせ治療は60代からでもOK!現役歯科医が教える「正しい矯正歯科治療&歯科医院の選び方」
歯の健康が全身の健康に影響を及ぼす、というのは昨今の常識。健康な歯とは、虫歯や歯周病がないのはもちろん、食べ物をきちんと咀嚼できることも重要となる。長寿と短命を分けるカギとも言える“噛み合わせ”の治療法や歯のケアについて矯正歯科医に話を聞いた。
教えてくれた人
佐藤國彦さん/「日本臨床矯正歯科医会」副会長・千葉県にて矯正歯科医院を開業、富永雪穂さん/「日本臨床矯正歯科医会」会員・静岡県にて矯正歯科医院を開業
※「日本臨床矯正歯科医会」は、5年以上の矯正歯科治療の臨床経験を有する矯正歯科専門開業医のみが所属する団体。https://www.jpao.jp
噛み合わせが悪いと虫歯や歯周病の進行を早める可能性も
「歯並びが悪くて噛みづらい」「治療で詰め物をしてから、噛むと痛みを感じる」など、噛み合わせの悩みは人それぞれ。どうしたらいいのかわからず、また、「虫歯ではないから、まあいいか」とやり過ごしている人も多い。
「噛み合わせが悪いと歯のケアが行き届かないことが多く、虫歯や歯周病の進行を早める恐れがある」と言うのは、矯正歯科医の佐藤國彦さん。
「高齢になると、噛めない、滑舌が悪くなるなど口腔内の機能が低下する『オーラルフレイル』という状態になりやすい。放置すると、支える歯がなくなって『咬合崩壊(こうごうほうかい)』を招きます。そうなる前に噛み合わせで悪いところがあれば、できる範囲の治療をし、自分の歯を残すことが健康寿命の延伸につながります」(佐藤さん・以下同)
そもそも噛み合わせがいい歯とは、どんな歯なのか?
「永久歯は上下計28本(親知らず4本が残っている場合は32本)ありますが、すべての歯が噛み合い、かつ上の歯と下の歯が互い違いに噛み合っている状態です(下図参照)」
正しい噛み合わせ
正しい噛み合わせの歯並びは、上下の歯がすべて噛み合っており、上の歯が下の歯より少しずつ奥にあり、上の歯1本に対し下の歯2本が噛み合っている。
歯並びがきれいでも正しく噛み合っていない場合も
歯並びのよさは、「自分の歯が何本残っているか」と直結しているようだ。矯正歯科医の富永雪穂さんが説明する。
「80才で20本以上自分の歯が残っている人を調べたところ、歯並びや噛み合わせが悪い人はほとんどいなかったという調査結果(※1)があります。もちろん歯並びがいいことも正しい噛み合わせには大切ですが、一見歯並びがきれいなようでも、上下の歯がうまく噛み合っていない場合もあり、絶対にそうだとも言いきれません。見た目よりも、前歯でしっかりと食べ物を噛み切り、奥歯で均等にすりつぶすことができるのも、いい噛み合わせの重要な条件です」
自分が気になっていても、歯科医から見れば問題のない場合もあるという。
「噛み合わせのよしあしについては許容範囲があります。治療の必要性があるかどうかは歯科医の診断を仰いだ方がいいでしょう」(佐藤さん・以下同)
噛み合わせを矯正する治療法とは?
噛み合わせの治療には、どんなものがあるのか?
「大まかにいえば、歯を動かさないで行う治療と、全体的に歯を動かす『矯正歯科治療』の2つに分けられます。前者は『咬合調整』といって、一部の歯を削るなどして噛み合わせや圧力の分散を調整します。また、歯が抜けたまま放置することは噛み合わせを崩す原因となるので、その場合は、人工歯で噛み合わせを補う『補綴(ほてつ)』を行います」
後者は、ワイヤーやマウスピース型の矯正装置を使って、少しずつよい位置に歯を動かし、全体の噛み合わせを治していく治療だ。
「マウスピースは適応できる症例の範囲が限定的なので、全体的な矯正となると、ワイヤーを使ったものが主となります」
矯正歯科治療の例
矯正歯科治療の例を紹介する。
【1】マルチブラケット(ワイヤー)矯正
歯の表面に金属やレジン、セラミックの装置をつけ、細いワイヤーを通して歯を動かす方法。幅広い症例に対応できる。
【2】アライナー(マウスピース)矯正
マウスピースをはめて歯を固定。1日20時間以上の装着が必要で、適応症例が限られる。治療期間が長いケースも多い。
咬合調整や補綴は一般的な歯科医院で受けられるが、矯正歯科治療については、その治療を専門とする歯科医師がいる医院で行うのが基本だ。
「咬合調整や部分矯正のように一部分を治療するだけでは治らないこともあります。多くの人は、気になる部分を治してくれればいいと言うのですが、1つ調整することで全体のバランスが変わることがあるのです。下図のような不正咬合(悪い噛み合わせのこと)の場合は、矯正歯科治療が望ましいでしょう」
不正咬合の代表例
【1】叢生(そうせい) ※別名:八重歯・乱杭(らんぐい)歯
【2】上顎前突(じょうがくぜんとつ) ※別名:出っ歯
【3】開咬(かいこう)
【4】下顎前突(かがくぜんとつ) ※別名:反対咬合(はんたいこうごう)・受け口
中高年からでも矯正歯科治療は可能
矯正歯科治療を行うには時間も費用もかかるため、年を重ねてからではハードルが高いのではないだろうか。
「中高年以降は、すでに歯や歯周組織に問題が生じている可能性があり、その治療が優先されることも。一般的な治療期間は2〜3年を要し、自由診療のため費用は数十万〜百数十万円かかります。それだけの時間と費用をかける覚悟も必要です」
それでも、健康な歯と歯茎(ぐき)を持っていれば何才からでも治療はできる。
「以前は、『矯正歯科治療は若いうちに行うもの』という考え方が一般的でしたが、最近は60代以降も増えてきています。歯の健康に対する意識の高まりから、かつての60代より口腔内の状況がよくなっていることも後押ししているでしょう。治療ではなく審美目的で矯正する人も少なくありませんが、矯正歯科治療の本来の目的は、咀嚼能力を高め、自分の歯を長持ちさせること。中高年からの矯正歯科治療は、その認識を持っていただきたいですね」
毎日の歯磨きと定期健診が重要!
噛み合わせをよくする目的は“歯を長持ちさせ”、“健康効果を高める”こと。そのためには治療だけでなくセルフケアも大切だ。
「やはり、毎日の歯磨きをきちんとすること。そして、定期的に歯科医院に通って歯と歯周病のチェックをしてもらうこと。歯並びが少々悪くても、これで歯を長持ちさせられます。自分の歯を守ることは本当に大切です。どんなにいい治療を施した人工歯よりも、治療が施されていない天然歯の方が健康を保ちやすいということを覚えておいてください」(富永さん)
日常で気をつけなければいけない癖もある。
「食いしばりや歯ぎしりは、間違いなく歯を壊し、噛み合わせにも悪い影響を与えます。就寝時にマウスピースをはめて歯を守る方法もありますので、ぜひ歯科医師に相談してみましょう。また、片側ばかりで噛む癖がある人は、左右均等に噛むよう意識するといいですね」(佐藤さん)
矯正歯科治療をする際に重要なのは、治療の出来を左右する歯科医院選びだ。
「矯正歯科治療の場合は広告トラブルが多いため、インターネット上の情報だけで病院選びをするのはおすすめできません」(富永さん・以下同)
実は、「痛くない」「治療期間が短い」「業界最安値」などの極端な表現や患者の体験談などの掲載は、厚生労働省の医療広告ガイドラインで禁止されている。ネット上はそうしたクリニックの広告が氾濫しており、取り締まりが追いつかない状況なのだという。
「理想は、信頼できるかかりつけの歯科医を持つこと。矯正やインプラントなどの専門治療が必要になった場合、それぞれの専門医との連携治療が必要です。かかりつけ医に相談すれば、適切な歯科医を紹介してもらえます。あるいは友人や家族などからの、昔ながらの『口コミ』が安心です」
治療を考えている人は、矯正歯科専門医院を含む複数の歯科医院でセカンド、サードオピニオンを受けるのも望ましい。
「治療期間が長く、費用もかかるため、クリニック側は治療前にしっかりとした検査を行い、治療計画についても丁寧に説明をする責任があります。後のトラブルを防ぎ、正しく歯科医院を選ぶためには、患者側が複数の選択肢を持つことも重要です」
特に、治療にかかる費用の支払い方法や、さまざまな事情で病院を変える際の治療費精算など、費用面での事前説明は必須だ。
「たとえば、治療がうまくいかず途中で病院を変えたいという場合でも、民法上では未治療分を返金してもらえます。そういった法律を知らない歯科医が案外多いのです」
信頼できる歯科医院の判断基準は「日本臨床矯正歯科医会 6つの指針(※2)」が参考になる。60才以降は定期的な歯科健診が欠かせない。かかりつけ歯科医がいない人は、まず医院探しから始めてみよう。
※1:「Dental Prescaleを用いた8020達成者の咬合調査」竹内史江、宮崎晴代他 歯科学報 105(2)154-162,2005年
(注)宮崎晴代の「崎」は「たつさき」
※2:「安心して治療を受けていただくための6つの指針」
https://www.jpao.jp/pages/6_1.html
取材・文/佐藤有栄 写真・イラスト/PIXTA
※女性セブン2025年4月24日号
https://josei7.com
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