中村メイコさん「美空ひばりさんは生涯でただひとりの親友」 いま明かすその魅力
女優 中村メイコさん(89)は、歌手の美空ひばりさんの葬式で、「私はもう、友達は持たないでしょう。あなたが最高だったから」と弔辞を読んだという。同性でも惚れ込む美空さんの魅力について教えてもらった。
教えてくれた人
中村メイコさん/女優
1934年、東京都生まれ。作家の父と新劇女優の母のもとに生まれ、2才で芸能界デビュー。1957年に作曲家の神津善行氏と結婚し、神津ファミリーとして親しまれている。
寡黙で照れ屋で正直者だった
私の生涯でただひとりの親友だった美空ひばり(享年52)という人は、歌手としては国民的人気があるけれど、性格は“一般受け”にはほど遠かったと思うの。寡黙で照れ屋で、お世辞やキレイごとが大嫌い。感じが悪いと取られることも多かったと思います。
例えば女同士だと、そんなに思っていなくてもなんとなく、「その服、かわいいわ」とか言ったりしますよね。でも彼女はそういう会話をまったくしないんです。だからインタビュアー泣かせでもあり、「ひばりさんから何かご質問でもありますか」と問いかけた記者を「質問はあなたがするんじゃないの」とばっさり斬り捨てたというエピソードもあるほど。
それにしてもあまりにも寡黙だから
「あなたは惚れた相手にもそうなの?」と聞いてみたことがあったんです。すると彼女は、「私は不器用だから、ただ黙って相手の顔を見てるだけ」だと言う。男性から「どうして黙ってるの?」と聞かれたら、「言葉がもったいない」と答えるとか。そのときは思わず「詩人だねぇ。私もそれ、使わせてもらうわ」なんて言ってしまいました。
だけど私は、どうしても正直にしか振る舞えない性格こそが彼女の魅力だと思っていました。もちろんあの歌声あっての話ですが(笑い)。
「美空ひばりはいつだってセンターよ」
寡黙で無愛想な半面、一度仲よくなると誰よりも懐が深く、情に厚い人でもありました。2人で夜通し飲み歩いたし、うちにもしょっちゅう遊びにきて、家族ぐるみのつきあいをしていました。
おかしかったのは私が結婚して娘ができたばかりの頃、突然彼女が家に泊まりにきたときのこと。当時は狭い借家で、寝室はダブルベッド。客間はありません。夫の神津善行と布団を敷く場所を相談していたら、「あら、美空ひばりはいつだってセンターよ」と言う。結局、私と神津との間に彼女が入って3人で川の字になって寝ることになりました。かわいそうに、神津は一睡もできなかったそうです(笑い)。
私がインタビューを受けていて、時間になったらすぐに切り上げようとすると、「そういうことをすると評判を落とすわよ」と諭してくれたこともありました。自分だってインタビュアー泣かせなのに…。
情に厚いのは亡くなるときもまったくぶれなかった。
知らせを受けて病院にかけつけると、息子さんから黒いサングラスと黒いハンカチを渡されました。あの人が私のために用意してくれていたんです。
<泣き虫メイコが来たら、これを渡してください>
と書かれたメモも残されていて。けれど、あのとき流した涙の量はとうていサングラスでは隠し切れないものでした。
後にも先にも、彼女以上の友達はいない。80才で引っ越したときに、大事なものをほとんど手放したけれど、サングラスとハンカチだけは捨てられませんでした。私が死んだら、一緒に埋葬してもらうつもりです。
文/池田道大
※女性セブン2023年9月14日号
https://josei7.com/
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