中村メイコ夫妻に学ぶ“ゆる夫婦関係”の築き方「一緒にいすぎないことが円満のコツ」
長い年月を経るたびに夫婦の距離感をどうすべきか悩んでいませんか。さまざまな分野の専門家がおすすめするのは、期待し合わない“ゆる夫婦関係”だ。結婚65年目を迎える女優の中村メイコさん(88才)と作曲家の神津善行さん(90才)夫妻も、一緒にいすぎないことが円満のコツだという。事例をふまえ、専門家にいい夫婦関係を築くコツを教えてもらった。
配偶者への過度の期待が不幸な老後を呼ぶ
長年寄り添った仲よし夫婦がふたりでのんびりと過ごす、幸せな老後―そんな未来を描いていても、現実の夫婦関係は違うものだ。「こころと体のクリニック」院長の和田秀樹さんは「夫婦円満」にも落とし穴があると指摘する。
「夫婦仲のいい家庭は、円満が“当たり前”になっていて、かえって幸せを感じにくいことが少なくありません。特に老後、一緒に過ごす時間が長くなればそれだけ相手への期待値もどんどん高くなり、幸せだと感じるハードルも上がっていく。そのうえ、年を重ねれば誰しも体が思うように動かなくなるため、相手の期待に応えることも難しくなる。配偶者への過度な期待が不幸な老後を呼ぶこともあるのです」
多くの夫婦の相談に乗ってきた夫婦問題研究家の岡野あつこさんも、年を重ねた夫婦が相手に期待を持つと破綻しやすいと指摘する。
「夫が定年退職する頃には子供も巣立ち、夫婦ともに時間ができるようになる。現役時代はそれぞれ仕事や子育てなど違う方向を向いてきたけれど、老後は仲よく過ごしたい、と望む妻は少なくない。しかし急に距離を縮めようとしても夫の気持ちがついてこず、ぎくしゃくしてうまくいかないことは非常に多い。とはいえ離婚しようとしても金銭面など現実的な問題で簡単にはできない場合がほとんど。嫌々ながら一緒にいれば、関係が悪化の一途を辿るのは当然のことです」
妻の期待値が夫のプレッシャーに
特に妻の期待値が大きくなるほど、その溝はさらに深まっていく。
「そもそも女性は期待しやすい生き物です。しかしそれが過度になれば夫は大きなプレッシャーを抱えることになる。特に中高年になると夫には“伸びしろ”が残っておらず、期待はやっかいな荷物として重くのしかかる。実際に、会社の出世競争に敗れた夫に、妻がいつまでも期待をかけ続けたがために、それが重圧となって『お前とは一緒に住めない』と夫が家を出て行ってしまった相談事例もありました」(岡野さん)
配偶者への期待が夫婦関係どころか自身の身を危うくする原因となりかねないケースもある。『定年ちいぱっぱ』(毎日新聞出版)など定年後の夫婦関係を題材にした著書がある作家の小川有里さんが言う。
「60代後半で夫を亡くし、ひとり暮らしになった友人はそれまで夫に頼ってきたことをすべて自分でこなさなければならず、大変な苦労をしていました。その様子を見ていたので、なんでも夫に頼りすぎてはダメだ、自分でできることは自分でやろうという気構えを持つようになりました。女性の平均寿命の方がはるかに長い現代において、家のローンや子供への支援などを配偶者に任せていてひとりになってから途方に暮れる人は少なくありません。夫婦仲がよければ周囲からは“おしどり夫婦”としてうらやましがられるでしょうが、夫に先立たれてしまえば、何もできないひとり暮らしになってしまいます」
■女性は「おひとりさま」になりやすい
平均寿命の推移をみると、年を追うごとに男女の平均寿命の差は開いていく。最新の平均寿命は、男性が81.41才、女性が87.45才。女性は長生きの分、おひとりさまになりやすいといえる。
「家族がいつもくっついているのは好きじゃない」
「夫には少し距離を持って接することが長年連れ添うコツじゃないかしら」
そう笑うのは作曲家の神津善行さん(90才)と結婚して65年目を迎える女優の中村メイコさん(88才)だ。
「新婚時代から一貫して、夫とは適度な距離を取るようにしてきました。当時はお互い仕事が忙しかったというのもあり、なるべく相手に迷惑をかけないように、わずらわしくない存在でいたいという気持ちが強かったんでしょうね。もう結婚して65年になるけれど、いまもベッタリすることはないです」
卒寿を迎えてなお、夫の神津さんは朝食を済ませたら自分の部屋で研究や仕事に勤しむ。一方、中村さんも書き物をしたり次の仕事の台本に目を通したり、インタビューを受けるなど、一見「すれ違い」にも思える日々を送っている。
「だから、あまりふたりで一緒にいることがありません。だけど、相手に過度に干渉しないことが円満な関係を続けていくコツじゃないかと思うんです。たしかに結婚してから半世紀以上経ったいまでも、お互いに他人行儀なところはあると思います。たとえば、夫の前で裸になることを気にしない奥さんもいると思いますが、私は着替えをしているところすら一度も夫に見せたことがない。夫も絶対にパンツ一丁で家の中を歩き回ったりしない。もちろんアットホームな雰囲気の夫婦関係が好きだという人がいるのはわかるけれど、私はあまり家族がいつもくっついているのは好きじゃないんです」(中村さん)
年を重ねたら「期待しない“愛し方”」も必要
岡野さんは、あえて距離を取ることも配偶者への愛情の1つだと主張する。
「無関心ゆえでなく、相手のプレッシャーや老いを理解して、居心地をよくするために相手とかかわりすぎないこと、期待しすぎないことができるのは大きな愛です。たとえば『休みなんだから喫茶店にモーニングを食べに行こう』とか『映画に行こう』と夫を誘ってみて、もしそれに乗ってくれなくても怒ったり傷ついたりせず“じゃあこの次に行こうね”と軽く流せるのは相手への思いやりがあってこそ。年を重ねたら、夫婦関係において“期待しない愛し方”も必要だと思います」(岡野さん)
ギブアンドテイクの関係で
前出の小川さんも、自身の夫婦生活を「おばさんの2人暮らしみたい」と笑う。小川さんも、夫に「頼らない、干渉しない、任せない」を信条としている。
「夫はダンスやジムが趣味なのですが、そういった相手の趣味を尊重して、干渉しないように心がけています。あえて一緒にやろうともしない。すると、夫もこちらの趣味には干渉しなくなる。また、けんかやイライラの種を増やさないために家の中でなるべく顔を合わせないようにしていますが、買い物だけは一緒に行く。いざというときのために、スーパーのどこにどんなものが売っているかとか、ものの値段をわかってもらいたいし、何より、私が腰を痛めないよう重いものを持ってもらうという目的もあります」(小川さん・以下同)
「頼らない」を信条とする小川さんだが、それは決して家事や雑務をすべて担うということではない。
「してほしいことはすべて具体的に相手に伝えるようにしています。ゴミ出しや草刈り、なんでも明確に言うべきです。また、その際“ギブアンドテイク”を徹底すること。うちの夫は腰が重いから草刈りを頼んでもなかなかやってくれない。そんなときは、 “じゃあこっちも、今日はご飯を作らないでおこうかな”と言うと、すごすごと庭に向かいます(笑い)」
ただし、強い口調は禁物だ。
「老後は体力も落ちて疲れやすくなっていくのに、いつまでも妻は元気だと思っている夫は多い。だから少しでも負担を減らすためには時に相手にしっかり“NO”を言うことも大切。はっきりもの申せなければ、一生夫の“お世話係”になってしまう。私はこれを“タタカイ”と呼んでいます。本気で憎しみ合って相手を潰そうとする“闘い”ではなく関係をよくするための有益なやりとりです。もし、夫から感謝の気持ちが足りない、と感じたら“ありがとうは?”と笑って促すなど本音を伝えつつ、対立することは避けましょう」
夫婦の対立を上手に避ける
中村さんも年を重ねてからの対立は有害無益だと口を揃える。
「残されたわずかな体力を嫌なことに使いたくない。だから『これは危ない、口論になりそう』と思ったら、私がパッと話題を変えちゃうんです。すると、相手も察する。お互いに“逃げ方”が上手になったというんでしょうか。長く一緒にいればお互いの性格やウイークポイントもわかるはず。対立はなるべく事前に回避した方が、健康にもいいと思います。もし、それでも『ああ嫌だ、もう別れたい』と思ったら、3歩くらい彼から離れ、しばらくたってもう一度眺めて見てみます(笑い)。すると『うちのお父さんは、いま通りかかったおじさんより感じがいいわ』とか『かっこいい』とか、何かいいところが見つかるんです。そういうとき、人と比べてみるのは悪いことではないと思います」(中村)
和田さんは、自分の心の在り方を見直すのも必要だと主張する。
「行動経済学に、私たちが感じる利益や損失を主観的に設定した基準を示す『参照点』という言葉があります。たとえば、もともと裕福で何不自由ない暮らしをしていた人が高級老人ホームに入っても『自由な生活ができなくて窮屈だ』と思うでしょうが、生活に追われ、困窮していた人は『3食ご飯が出てくるだけでありがたいし快適』と感じます。これは前者の参照点が高く、後者は低いからこそ起きる感じ方の違いです。夫婦関係も同様で、妻は『夫はこれくらいしてくれるだろう』という期待を持ち、そこを参照点としているからこそ『裏切られた』と感じてしまう。元から“健康でさえいてくれたら”“迷惑をかけられなければそれでいい”など夫婦生活を営むうえで、自分の参照点を下げることを意識すれば、相手にフラストレーションがたまることも少なくなるでしょう」(和田さん)
※女性セブン2022年6月30日号
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