多様化する葬儀の形 家族が自分たちの手で故人を弔う“自力葬”が話題に「故人と遺族が主役になれる」
「参列者が多いほど故人の供養になる」「食べ物や飲み物は盛大に振る舞う」―かつての葬儀は規模が大きければ大きいほど、故人のためになるとされていた。しかし、令和の時代はどうやら違うらしい。”進化”した最新の葬儀を紹介する。
コロナ禍で変わった葬儀のスタイル
使い慣れた自宅のベッドに安置された遺体を、にこやかに笑う故人の写真と色とりどりのブーケが取り囲む。その傍らに生前、親しかった者が集い、時間を気にせず、いつまでも思い出を語り合う―
そこにあるのは、かつてとは異なる「葬儀」の姿だ。
3年に及んだ新型コロナの蔓延を機にさまざまな生活様式が変化したが、そのひとつが葬儀だ。冠婚葬祭業大手「ベルコ」がコロナ禍の期間に喪主などを務めた1768人に葬儀形態を尋ねたところ、身内だけで行う「家族葬」(55.1%)が「一般葬」(34.4%)を上回った。
正覚寺住職でジャーナリストの鵜飼秀徳さんが語る。
「ひと昔前の葬儀は故人の生前を称えるため盛大に行うことをよしとしていましたが、いまは規模の縮小化が進み、家族のみで見送る家族葬が普及しました。さらにコロナ禍を機に人生を見つめ直す人が増え、新しい形態の『自力葬』が登場したのです」
葬儀の最前線に現れた「自力葬」とはいかなるものか。
コロナ禍の期間の葬儀形態
【一般葬】34.4%
【家族葬】55.1%
【一日葬】5.2%
【直葬・火葬式】4.7%
【その他】0.6%
※出典/ベルコとみどり生命保険による「コロナ禍における葬儀に関するアンケート調査結果」
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関心が高まっている「自力葬」とは
2021年に自力葬をサポートするサービスを始めた「鎌倉自宅葬儀社」の葬儀コンシェルジュ・馬場偲(しのぶ)さんが語る。
「自力葬とはその名の通り、遺族ができる限り自分たちの手で故人を送り出す葬儀です。遺族は死亡届の提出や棺(ひつぎ)の手配などを経て、思い思いの趣向で演出した葬儀を自ら進行します。その際、遺体のケアや搬送、火葬場の予約など専門的な部分をサポートするのが私たちの仕事です」
近年は式場ではなく故人の自宅で葬儀を行う「自宅葬」が再注目されている。
「昔はどの家庭も近所の力を借りつつ自分たちの手で葬儀を執り行いました。しかし、現代は病院で亡くなる人が増える、近所づきあいが少なくなるなどの理由で自宅での葬儀が減り、業者に頼む葬儀が一般的になりました。どんどん葬儀の規模が大きくなるなか、外部に向けて演出を派手にするのではなく、少数でも身内でしっかりと死者を送りたいとの考え方が出てきた。その流れにおいて、『原点回帰』として自力葬への関心が高まっていると考えられます」(鵜飼さん)
原点回帰しつつも、葬儀社のサポートが入るのが令和スタイル。
「自宅葬」と「自力葬」の違い
「現在の自宅葬は基本的に葬儀社が主体となって自宅で行う葬儀です。一方の自力葬は自宅で行うことが多いとはいえ、火葬場や地域の集会場などで行うこともあるため、両者は似て非なるもの。さらにご遺族が主体で行うことも自力葬の特徴です」(馬場さん)
鎌倉自宅葬儀社では、自力葬のうち7割を自宅、2割を式場で執り行う。残りの1割は遺体を安置所に預け、火葬場や搬送の車中で簡潔なお別れをするケースだという。
自力葬のサポートを始めた背景には「遺族の思いに応えたい」という気持ちがあったと馬場さんは語る。
「例えば在宅医療をするかたのご家族は長く看病をするうちに“最期はこう見送りたい”という思いが表れ、病院で看取ったご家族は“自宅に帰してあげたい”という気持ちが強くなります。そうしたご遺族たちの“自分たちのやり方で故人を見送りたい”と望む気持ちに応えるのがわれわれの役割です」
おひとりさまや故人の家族が「自力葬」を選ぶことも
独居老人が増加している昨今、おひとりさまが自ら葬儀を準備するケースもある。
「余命宣告を受けたおひとりさまが自分の死後を心配し、そのかたの成年後見人から自力葬を相談されました。簡素でいいから安置場所を決めたいとの要望で、搬送先や安置場所を提案しました。万が一の際、姪に葬儀をしてもらう予定の独り身の60代女性から“すべて姪に任せるのは申し訳なく、自分でできることは準備したい”と相談されたこともあります」
この先、自力葬を望むおひとりさまはさらに増えるだろう。実際に自力葬に取り組むのはどんな人たちが多いのか。
「葬儀社の言いなりになって後悔したなど、過去の葬儀に満足しなかった人が多いです。故人が病院に長く入院して他界したから、最後は自宅で送りたいと願うご家族が、自宅葬の相談中に“自分たちの力でもっとやりたい”と自力葬を選ぶこともよくあります」
時代が求める自力葬。もし実際に行いたいと思ったら、手続きはどうすればいいか。
「対象者が生存中、ご本人やご家族にわれわれがヒアリングをし、どこでどのように葬儀を行いたいかや対象者の人柄などを尋ね、それを基に最適なプランを提案します。さらに危篤状態からの対応を記した『To Doリスト』で全体の流れを説明し、プラン確定後にドライアイスのあて方や安置所の室温調整など細かな点をアドバイスします」
「自力葬」の準備は余命の1~2か月前から
鎌倉自宅葬儀社の自力葬サポート料金は5万5000円で、火葬費などの実費が別途かかる。遺族が遺体のケアや搬送はプロに任せたいとした場合、さまざまなオプションを追加できる。
準備は遅くとも「余命の1~2か月前」に開始するのが理想。
「できれば命日となりそうな日の1~2か月前に準備を始め、どの火葬場にするか、遺体をどこに安置するかなど大まかなことを事前に決めておく。亡くなる前の相談はしづらいですが、いざ亡くなってからでは心の整理がつかず葬儀社の言うなりになりかねない。あらかじめ相談しておくと落ち着いて事を運べます」
コストダウンが目的ではない
ただし注意点もある。
「賃貸マンションで葬儀を行った際、管理会社から“すぐに遺体を運び出してください”と警告されたことがあります。賃貸は規約上、部屋に遺体を安置できない場合があるので要注意。戸建てはリビングが2階で階段が狭いなど、スペースや経路の問題で棺の搬入が難しいこともあります。自力葬は自宅以外でもできるので、自宅が難しければ別の場所を検討してほしい」
自分で手配することにより費用は安くなるが、コストダウン目的の自力葬は避けたい。
「確かに自力葬は一般葬よりコストを抑えられますが、重要なのは遺族が故人をどう弔いたいかということ。自分たちで見送ることに意味を感じるならば自力葬はよい選択肢になります。単に出費を抑えたいから自力葬を選ぶのは本末転倒で、お金をかけたくないなら火葬のみ行う直葬という選択肢もあります。そもそも葬儀は無理にするものでもありません」(鵜飼さん)
価値観の多様化に伴い、樹木葬や海洋散骨など新たな葬儀が登場するなか、自力葬はさらに広まる可能性が高いと鵜飼さんは続ける。
「華美な演出や極端な簡素化を避け、手作り感のある自力葬が出てきたのは、“故人を温かく弔いたい”という遺族の気持ちの裏返しではないでしょうか。日本が多死社会を迎えて葬儀が多様化するなか、残された者が満足して負い目を感じず、弔いを通じて家族の関係性がよくなる自力葬は、故人と遺族が主役になる葬儀かもしれませんね」
送る者も送られる者も笑顔になる自力葬は大きな可能性を秘めている。
教えてくれた人
鵜飼秀徳さん/正覚寺住職・ジャーナリスト
写真/PIXTA、鎌倉自宅葬儀社
※女性セブン2023年8月31日号
https://josei7.com/