「要介護4」の在宅介護は無理?妻を施設入居させるか…夫の葛藤
砂川氏が妻を老人ホームに入れたことについて、「むしろ遅すぎた」と語るのはタレントで元参院議員の野末陳平氏(84)である。
「老老介護を美談みたいにいうけど、それは大きな誤解。家族による介護は、する方もされる方も犠牲になるのが現実です。そもそも介護は、素人が簡単にできるようなことじゃない。プロのヘルパーさんでさえ一般家庭でサービスするのが大変だから、なり手がいないんです。介護される方も、相手が身内だとわがままをいうし、夫婦喧嘩も絶えなくなる。老老介護での夫婦喧嘩は互いに逃げ場がないから悲惨です」
しかし、住み慣れた自宅を離れることに寂しさを感じるのも事実だ。内閣府が行なった「世論調査報告書」(04年)によれば、「どこで介護を受けたいか」という問いに対し、「可能な限り自宅で」と答えた人が44.7%。「施設で介護を受けたい」という人は、42.3%だった。“自宅派”と“施設派”がほぼ拮抗している。
問題は「可能な限り自宅で」と望んだ場合は、どこまでが可能な範囲なのか。経済アナリストの森永卓郎氏(58)は自らの経験から、日常生活全般に介助が必要で、問題行動や理解力の低下も見られる「要介護4」に達した場合は「無理だ」と語る。
「カミさんはずっと僕の父の介護をしてくれていましたが、24時間拘束されるので、仕事を辞めざるを得なかった。それでも介護に専念すればやれると思います。
でも、「要介護4」になると努力しても在宅介護は厳しい。父がそうでしたが、施設に預けるしか手はないと思いますね。夫婦で“妻と離れたくない”というのであれば、近くにある施設に入居させて、毎日通うというのが現実的ではないでしょうか」
40代を過ぎると、森永氏のように「親の介護」に直面するケースが珍しくない。そこで、「介護の厳しさを実感した」と50代の男性会社員がいう。
「母親の介護をしたのは40代後半でしたが、寝たきりの状態の母親を抱き抱えた時に“小柄なのにこんなに重いのか”と愕然としました。60歳を過ぎたら介護は体力的に厳しくなってくると思います。むしろホームに入れないことで、自分の身体が先に壊れてしまう」
とはいえ、症状は少しずつ変化していくため、「もう自分では無理だ」と決断するタイミングは非常に難しい。野球評論家の安仁屋宗八氏(71)は、その分岐点をこう考えている。
「現役時代、家内の支えがなければ野球を続けることはできなかった。だから家内がそうなったら、頑張ってできる限り面倒をみてやりたい。それでもダメだった時は、施設に入れることになるんでしょうね。その分岐点は、僕が辛いかどうかよりも、家内がプロに世話してもらった方が辛くない、心地良いという状況になった時です。介護度が上がれば、家庭内での介護には限界があると思います」
妻は身体の一部だから、絶対に入れたくない
一方で、「絶対に入れたくない」と思う人もいる。ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)は、施設のほうがサービスが良いことを理解しながらも、こう話す。
「結婚してからもう50年近く一緒にいるから、妻は自分の身体の一部とも言える存在です。だから私の身体が動いて、面倒を見られる限りは施設には入れません。もし反対の立場に立ったとき、妻も私を施設に入れることはしないでしょうね」
長い時間を共に生きてきたのだから、最後まで一緒にいたいというのも素直な気持ちだろう。取材を進めると、「どちらかが施設に入ったら“添い遂げた”という達成感が得られないような気がする」(60代・無職の男性)と話す人もいた。
人によっては、老人ホームに「向かない」場合もある。芸能界を代表するおしどり夫婦、林家ペー氏(74)は妻のパー子さん(67)に対して、こんな「心配」をしている。
「テレビでは明るく見えるかもしれないけど、ああ見えて、妻は極度の人見知りなんですよ。見知らぬ人がたくさんいるところに入れたら、おかしくなっちゃうと思う。そう考えると、入居させるのは切ないね」
老人ホームに入れたことで「認知症の進行が急激に進むケースが少なくない」と介護施設の関係者はいう。
「共同生活になじめない人は、食事もひとりで済ませて、他の入居者と一緒に歌を歌うなどのレクリエーションにも参加しようとしません。これではいくらサービスが行き届いていても、人と接する機会が減って、症状が悪化してしまいます」
「2人で入居」も難しい
ならば夫婦揃って老人ホームに入るという選択肢もある。すでに、前出の野末氏は老老介護にならないよう準備しているという。
「夫婦共に身体は健康ですが、琵琶湖の湖畔にある24時間完全介護付きの老人ホームの権利を購入済みです。まだ入居の必要がないため、妻は時折セカンドハウスのように利用している。僕に限らず、早い人は50代くらいから考えています」
だが、野末氏のような対応は現実的には難しい面もあるという。
「そもそも、2人部屋(夫婦部屋)があるホームは少ない。一緒に入居する場合は夫婦どちらかが元気で、自宅でなく施設で介護したいケースが目立ちます。2人分の金額がかかるので金銭的な負担は大きいですし、施設によっては入居に要介護度の制限があり、一緒に入ることができないところもある」(前出・高室氏)
今回は「夫の側の苦悩」という視点だが、実際には、妻の方から「むしろ入りたい」といわれることもあるだろう。また自分が「入れられる」側にもなり得る。
そこで大事になるのは、「老人ホームに入れるか」という以前に、「夫婦がお互いに満足した結果なのか」である。前出・鳥越氏は、「妻とは“どっちが先に死ぬか”という話はしょっちゅうしていますし、介護の話もしている」という。
決して“先のこと”ではない「老老介護」の問題は、夫婦で話し合っておくことが大切になる。
※週刊ポスト2016年6月13日号
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