【介護の戦友】綾戸智恵さん、ネックレスを改良したチェーン
政府は在宅介護を推進するが、仕事と介護の両立に四苦八苦している人は多い。そんな疲弊する介護現場で活躍するのが、アイデアと技術力の結晶である介護グッズだ。著名人に「介護の戦友」を聞いた。ジャズシンガー・綾戸智恵が重宝しているのは、「認知症の母のおしゃれ心を満たした手作りのチェーン」だった。
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90歳になる母の介護をかれこれ10年していますが、何が母を満足させるのか、反応を見ながら手探りの日々です。
数年来、重宝しているのがネックレスを改良したチェーン。外食の時に、ナプキンを胸元で留めるグッズです。チェーンを後ろから首にかけて、両端のクリップで布をパチンと挟む。そうすれば、みなさんと同じようにお店のナプキンを使えるでしょ。
市販の介護用エプロンも買いましたが、あの大きいビニールを母が嫌がるんです。「それを着けたい」と、お店のナプキンを指す。母の言葉に「そりゃあ、そうだよね」って。人生を謳歌して、歳を重ねて美的感覚も身につけた婦人なのに、赤ちゃんみたいなものを着けられたら尊厳が傷つきますよね。
母は、私に幼い頃から瀬戸物を使わせていたんです。私はアニメキャラクター入りのプラスチックのコップが欲しかったのに、断固として使わせなかった。ミルクを飲むのも九谷焼とか有田焼です。子供心に「なんで?」と母に聞いたら、「(子供用のプラスチック製では)“割れる”ということを教えられないから」って。面白い人だな、と思いました。だから介護用エプロンを嫌がる姿にすごく合点がいった。子供みたいに食事のトレーニングをするようなグッズは母には使わせられないな、って。
認知症の症状が進んで得意の編み物もしなくなり、あれもできない、これもできないと自立した生活を失っていく中で、今の幸せを聞いたら母は「おしゃれ!」と答えたんですよ。その一言も大きかった。
以前は、外食でも洗濯バサミでナプキンを留めていました。色気も何もないですよね。安全ピンでは危ないし、どうしようか悩んでいたらこのネックレスをいただいて、「これや!」と。
手芸屋さんで買ったクリップとパール調の留め具を組み合わせて手作りした、オリジナルです。緑と赤と全部で3色あって、クリップにキラキラ(ラインストーン)を付けたものもあります。女の子のケータイみたいに、デコりました(笑い)。
母とは週に2~3回外食をするので、その日の服に合わせて自分で選んでもらう。やっぱり喜びますよ。「かわいいですね」と外でほめてもらうと、「娘が作った」と嬉しそうに自慢する。認知症で孫の名前は忘れているけれど、娘のことは「智恵ちゃん」って覚えている。このチェーンがあることで私は今も母の心の中にいるみたいです。
お出かけ用の靴にもキラキラを付けました。介護用なので軽くて滑らないなど優れている半面、真っ黒で面白味がない。もうハイヒールは履けないけれど、女性ですから足元まで気を遣いたい。おしゃれする気持ちがなくなったら、もっと認知症が進むと思う。母の自己欲求をアップするために、「きれいだね」「いいね」と声をかけられるグッズを作りたい。
チェーンは評判がよくて、「仕事にしたら?」といわれますねん(笑い)。
介護を始めた当初は棒につかまって立てたけれど、今はひとりでは歩けないし、トイレもできません。ただ座ることができるから、チェーンや靴が使えるんです。でも、座れなくなったら、外食も楽しめなくなる。
去年要らなかったものが今年は必要になり、来年は要らなくなる。その繰り返しです。だからこそ母の段階に合わせて、今必要なグッズを気分よく使ってもらう工夫が大切なんでしょうね。
※週刊ポスト2015年4月24日号