予め仕事を休めるようにしておくことが介護の分かれ道
高齢化が進む日本社会。自分の親を介護しなくてはならない時も、いずれやってくるのだろう──。「介護は突然、やってきます」。そう語るのは、介護・暮らしジャーナリストでNPO法人『パオッコ』理事長の太田差惠子さんだ。
「“ウチはまだ大丈夫”と安心していたら、ある日突然、親が倒れて息つく暇もなく介護が始まるケースが多い。転倒や風邪などちょっとしたことが思わぬ事態を招くことも少なくありません。とくに別居している場合は、親は子供に心配をかけまいと少々の異変があっても連絡せず、子供や周囲が気づいた時には、すでに認知症などの症状が相当悪化していることが多いんです」
親が倒れて緊急入院した場合、一報を受けたその日から、あなたにのしかかる責任は想像以上に大きい。最初に入院することが多い「急性期病院」は、早期の退院を求められることが一般的だからだ。太田さんが続ける。
「入院して最初の2週間は病院サイドに高額の診療報酬がつきますが、これは段階的に引き下げられて30日を超えると加算がなくなります。そのため、緊急入院後の早い段階から“退院後”の対応を求められるケースがよくあります」
子供の立場からすれば、親が突然倒れて、介護の知識や備えがまったくない状態で入院先から早期の退院を迫られることになる。たとえもう1人の親が健在でも、転院先はすぐに見つかるのか、この先お金はどれぐらいかかるのか、仕事を続けられるのか…さまざまな問題が頭を駆け巡り、目の前が真っ暗になる人がほとんどだ。
元気に回復すればいいが、後遺症が残ったり、認知症で日常生活を送るのに介助が必要となったりした時にどうするか。そんな時に利用したいのがさまざまな介護サービスが利用できる介護保険制度だ。
「いまだに親世代の人たちには、人には迷惑をかけられない、とサービスを拒む人も少なくありません。しかしここできちんとプロの目を入れて、適確な介護をすることは、その後の家族の負担を減らすだけではなく、ご本人の予後をよくするためにも絶対に必要です」(太田さん)
介護保険を利用するには、いくつかの手続きが必要だ。まず、親の住む市区町村の窓口に申請して要介護認定を受けた後、ケアマネジャーなどに相談して、サービス計画書(ケアプラン)を作成するなど、本人に代わって家族がやるべきことは山ほどある。
親と同居していたらまだしも、遠方に住んでいる場合は、どう手続きすればいいかわからないという人も多い。しかも介護保険は制度が複雑だ。ただでさえ親が倒れて心労が重なっているのに、ますますパニックに陥ってしまう。
当然、仕事への影響も出てくる。たとえ勤め先に介護休業制度があったとしても、実際には処遇や体面などを気にして休暇を申請しようとしない人は驚くほど多い。
太田さんが講演で 「今夜あなたの親が倒れたら仕事を休めますか?」と尋ねると、働いている人の多くが「無理だ」「ほかの理由を伝えて休む」と答えるという。
しかし、この初期段階で職場に事情を伝え、いざというときは仕事を休めるようにしておくかどうかが、その後の介護を乗り切れるかどうかの分かれ道となる。太田さんが解説する。
「病院から電話が入ったり、呼び出されることもあります。そのたびにコソコソと言い訳をして席を立ったり休んだりしていては、職場の評価はガタ落ちし、会社にいづらくなるばかりです。介護の申請は親の入院中にできますし、介護全般の相談に乗る各地域の『地域包括支援センター』による代行申請も可能です。申請から通知までは通常1か月ほどかかりますが、緊急の場合は、ケアマネジャーに暫定ケアプランを作ってもらい、すぐに介護保険のサービスを利用することができます。まずは手続きをすることが大切です」
混乱した状況に平常心を失ってしまい、ただ闇雲に仕事を休まなくてもできることは多い。まずは役所や地域包括支援センターに電話して相談をしてみよう。
だが、介護保険を申請した後の「認定調査」の日だけは仕事を休んででも親に付き添うべきだと太田さんは指摘する。
「介護保険を申請すると、調査員が心身の状態や家族環境を聞き取る『認定調査』が行われます。この時、親世代は遠慮したりプライドが高かったりして、質問に対して“問題ない”と答えがちです。すると場合によっては要介護度が低く認定され、必要なサービスが受けられなくなります。認定調査の日は仕事を休んでも親に付き添い、調査員にありのままを報告しましょう」(太田さん)
※女性セブン2016年8月11日号