えっ、10本しかないの?残り少ない父の歯を娘が大切に磨く【実家は老々介護中VOL.8】
がん、認知症、統合失調症を患う80才の父を、79才の母が介護中。娘でアラフィフ美容ライターの私は、老々介護の実家をたまに手伝っています。だんだん食が細くなって誤嚥も増え、歯も減ってしまっている父。少しでも明るい気分で過ごせるよう、お口の健康にも気をつけたいと思います。
お口の手入れは大切
「歯磨きは、口の中に指を入れてグイッと広げると磨きやすいですよ。意外と痛くないんですよね」
ケアマネさんに教わりながら、父の歯磨きを手伝いました。介護福祉士の資格を持っていて、以前は高齢者のお世話をしていたという父のケアマネさんは、40代くらいの小柄でキビキビした女性。実践的なコツをたまに教えてくれます。実際、使い捨て手袋をして歯磨きしてみると、確かに歯茎が見えるまで口の中を大胆に広げたほうが磨きやすい。
「歯磨き粉は使わなくていいと思いますよ、泡が出ると誤嚥しやすいので。ブラシで汚れは落ちるんです。口をゆすがなくていい、口がスッキリするジェルなんかもあるんですよ」
へぇー。それにしても、父の歯が10本しか残っていないのが衝撃です。前歯とその周辺以外は、すべて入れ歯と差し歯。
「お父さん、孫ふたりにしょっちゅう、『歯をよく磨きなさい』って言って、電動歯ブラシまで買ってくれたよね。自分も電動で磨けば良かったじゃないの」。今さら言っても仕方ないのに、ちょっと怒ってしまいました。
ケアマネさんは、帰り際も「食事と水分はしっかり摂ってくださいね」と心配してくれたので、最近は飲み込む力がまた弱くなりむせやすいこと、口に入れるものはとろみをつけて誤嚥に気をつけていることを伝えました。
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さてもう夕方です。「そろそろ一杯やりますか」となり、むせやすい父は、発泡酒にストローを刺して、そろりと慎重に飲みはじめました。それでもたまに咳き込みます。
「ああ、危ないから気をつけないと」。ゲホンゲホン、とむせている父を母が心配しているのに、飲めるうちに飲まないと損、とばかりにまた発泡酒に手を伸ばす父。「それでも飲むの?死ぬよ」と母はあきれ、そんなに飲みたいならと、発泡酒にとろみをつけてみることにしました。
今は炭酸専用のとろみ剤があるみたいですが、このとき使ったのは普通のとろみ剤です。入れた刺激で発泡酒が吹き出しそうになったり、かき混ぜて炭酸が抜けてきたり。味見すると「まあこんなもんか」という感じでしたが、父は「まあまあシュワシュワしてるし、飲みやすいよ」と面白がってくれました。この後、いよいよ液体が飲めなくなった時期にも、何度かこの「とろみ発泡酒」を楽しんでいたようです。
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自分は食べられなくても、食欲旺盛な孫を見てうれしそう
さて、数週間後。成人式の前撮り写真が仕上がり、娘と一緒に実家へ見せに行きました。
「大学が終わって急いで来たから、お腹すいちゃった」と、娘は大盛り弁当をふたつも買っていき、お昼を済ませて待っていた父母の前でモリモリ平らげていました。もうあまり食べられない父の目の前で、なんだかなあ、と思っていたのですが、父は目を細めてニコニコ。
「食べっぷりが気持ちいいねえ」
孫が大人になり、健康そのもの。その様子を見るのがうれしいみたいです。父に晴れ着の写真を見せると、「可愛いねえ、モデルさんみたいだね」と大喜び。娘は、撮影のポーズがいかに難しかったか、外で撮ったときどれだけ寒かったか、おおげさに苦労話をして、孫のパワーで父母はずっとニコニコでした。
この日、新品の電動歯ブラシが実家のキッチンに置いてあるのを発見。父がしっかり歯を磨けているというので、少し安心して、私と娘は退散しました。
「おじいちゃん、おばあちゃんに会えて良かった。楽しかったね」と、ニコニコする娘に感謝です。私はいつも、つい体のことや事務的なことばかり話してしまうので、孫と気楽な話ができて良かったんじゃないかな。
食べるだけでなく、おしゃべりするにも、お口が健康なほうがいいですね。好きなものを食べ、楽しくおしゃべりできることが大切だと思いました。
文/タレイカ
都心で夫、子どもと暮らすアラフィフ美容ライター。がん、認知症、統合失調症を患う父(80才)を母が老々在宅介護中のため、実家にたびたび手伝いに帰っている。
イラスト/富圭愛