親が認知症になる前に!やらないと損する「家族信託」の基本 仕組みや用語を専門家が解説
2025年には65歳以上の認知症患者は約700万人、高齢者の約20%が認知症になるという内閣府の推計がある。認知症による判断力の低下で銀行口座などの資産が凍結される可能性が増えると言われる中、親が子に資産を委託して運用・管理する「家族信託」が注目を集めている。「家族信託」における財産の流れや、覚えておくべき用語、注意点などについて、専門家に解説いただいた。
家族信託の仕組みとは
一般的に、家族信託は財産を持つ老親が「委託者」で、財産を管理する子が「受託者」、さらに財産から利益を受け取る老親が「受益者」に分けられる。
委託者と受益者が同じ老親の場合もあれば、例えば委託者が父親で受益者が母親の場合もある。
では「受託者」の要件や、信託財産にできるものなどに決まりはあるのだろうか。
司法書士法人KTG代表の土屋聡史さんが説明する。
「“家族”信託という名ですが、法律上は未成年や認知症の人などを除けば、基本的に誰でも受託者になれます。企業などの法人がなっても問題ありません。信託財産となるものは現金と不動産が圧倒的に多いのですが、株券などの有価証券も信託できます。
変わり種では、ペットを信託した人がいたと聞いたことがあります。認知症に備え、ちゃんと世話をしてくれる人にペットを託したということのようです」
では、全財産をまとめてひとりに託さなくてはならないのだろうか。司法書士で宮田総合法務事務所代表の宮田浩志さんはこう解説する。
「例えばアパートは長男、自宅は長女に、などとそれぞれ別の契約で信託することも可能です」
気をつけねばならないのは、現金の信託方法だ。
「理想は信託口口座を作り、管理する方法。ところが、メガバンクをはじめ多くの金融機関では取り扱いがない。代替策として受託者個人が新規開設した口座で管理する。この場合、口座名義は受託者ですが、きちんと信託契約書に口座情報を盛り込み、親のために使う実態がしっかりしていれば、税務上は問題になりません。ただし、受託者が先に死亡すると口座は凍結され、受託者の相続手続きを経なければ親の預金を動かせなくなる」(宮田さん)
家族に特別な事情がある場合には、手厚い設計ができる。
「障がいのある子供がいる場合、親の死後の受益者をその子供にし、受託者が信託財産から生活費を渡せるようにしておくことも可能。例えば障がい児の次男が受益者で、長男が受託者の場合は、負担を背負う受託者の長男に信託報酬を渡す契約もできます」
ではもし、受託者が先に死亡した場合はどうなるのか。
「そうした事態に備え、受託者は第2位(第二受託者)まで決めておくのが基本です。決めていなかった場合は、委託者と受益者が合意の上で新たに定めることができます。また、受託者が破産した場合も問題ありません。受託者の個人の財産と預かっている財産は完全に隔離されているので、委託した財産自体が借金のかたに取られたりする問題はありません。ただし、破産したら受託者ではなくなるため、第二受託者に移行するか、選び直さなければいけません」(土屋さん)
■「家族信託」の主な用語
信託契約:主に老親が子供に財産の管理や処分を託すために交わす契約。
信託財産:不動産や現金、有価証券など、委託者が管理・処分を託した財産。
委託者:財産を持っていて、これから財産の管理などを託す人。主に老親。
受託者:委託者から財産の管理や処分などを託される人。主に子供。
受益者:信託財産から利益を受ける人。主に委託者がなるのが一般的だが、そうでない場合もある。
信託監督人:受託者が信託契約に基づき、任務を行っているか監視・監督する人。弁護士などの専門家のほか、信頼できる親族に依頼するのが一般的。
親の将来について家族で話し合うことが大事
実際に取り入れるためにはどうしたらいいのだろうか。
「何より家族全員の理解、納得を得た備えをすべきで、基本的には家族会議を開くことが重要。お盆やお正月など、帰省で家族がそろう時期は家族会議の絶好のチャンスです」(宮田さん・以下同)
とはいえ、子供の側から切り出すのは、遺産目当てのようで気が引けるし、親もいい顔をしないだろう。
「コツは、明るい老後の話をすることです。人生100年時代、70才でも残り30年ある。その期間をどう過ごしたいのか親の希望を聞くのです。海外旅行だって行きたいだろうし、ログハウスを建てたいかもしれない。希望を聞きつつ、それを実現するための資金があるのか、現在の保有資産や年金等の収支状況を、家族全体で情報共有するのが理想的です」
長い長い老後の先に相続がある。宮田さんが続ける。
「遺産相続の話を最初にするのは避けるべき。親の財産は親が使い切っちゃっていいという気持ちで老後の話をしましょう。親世代も“遺産がどのくらいなのか子が探っている”と感じれば、警戒します。前向きな話としての老後の希望を聞くことが肝要です」
土屋さんはこうアドバイスする。
「ストレートに“介護施設の入所費用が必要になっても払えないから”など理由をきちんと伝えることも大事です。そのうえで親の思いをしっかり契約に反映させたいから考えを聞かせてほしい、と切り出してみてもいい」
円滑な資産継承のために家族全員が当事者意識を持つ
逆に、気をつけるべきことはあるのだろうか。
「父と長男だけ、など一部の家族だけで決めるのは避けた方がいい。ほかのきょうだいが不信感を持ち、不和の原因となることもあり得る。いまはZoomなどの遠隔会議システムも普及しましたから、それらを活用しつつ、まずは家族会議を開いて全員で当事者意識を持つのが重要です」(宮田さん・以下同)
きょうだい関係が不仲で「受託者の長男が親の財産を浪費しているのでは」など疑心暗鬼が起きないように、弁護士や司法書士などを信託監督人として置くこともできる。
いいことずくめのように見える家族信託だが、初期費用はかかる。
「信託財産によってコストは変わり、不動産なら固定資産税評価額の1.2~2%程度が一般的。5000万円の土地なら100万円くらいの導入費用を想定したい。とはいえ、前述の後見制度のように毎月費用が生涯にわたり発生したり、財産の使い道が限定されることもない。家族会議で親の思いを共有できれば“争族”の防止にもなり、安心の老後と円満円滑な資産承継のための“保険”のようなものとして検討される人が多いです」
自分のためにも、残った家族のためにも、最期の瞬間、憂いなく旅立ちたい。
教えてくれた人
土屋聡史さん/司法書士法人KTG代表、宮田浩志さん/宮田総合法務事務所代表・司法書士
※女性セブン2022年11月24日号
https://josei7.com/
●家族信託のメリット|相続対策などにも有効。手続き、費用などを解説