「家族信託で認知症の親の財産をスムーズに売却できた」事例に学ぶ財産管理術【専門家解説】
ただでさえ親が認知症になったらショックなのに、その親の財産が凍結されたり、実家の処分が簡単にいかなくなったら苦しみは倍に。しかし、「家族信託」の制度を利用すれば、その不安も解消できる。大切な家族のために、不安のない財産管理方法を専門家がアドバイスする。
「家族信託」と「成年後見制度」を利用した実例
都内に住む佐藤恵さん(61才・仮名)は、認知症になった84才の父の不動産を処分したときの苦労を振り返る。
「父は多少の不動産は持っているものの現金がほとんどなく、介護施設の入所金300万円が足りなかった。きょうだいで話し合い、父名義の実家を売って工面することにしたのですが、それが簡単にいかず…。父の認知症は重く、法的な意思表示ができず、代理人を立てることもできないと言われたのです」
佐藤さんは仕方なく成年後見制度を利用することにしたが、後見人となる弁護士の報酬は月額2万円だった。
「実家の処分が終わった後も、父が生きている限りずっと払い続ける必要があり、10年続けば240万円にもなります。それに、父所有の古いアパートを壊し、収益性の高いものに建て替えようと考えたのですが、成年後見制度では介護など本人のためになること以外はできないとのことで諦めざるを得ませんでした」(佐藤さん)
同様の状況ながら、親の財産をスムーズに売却できたというのは埼玉県在住の藤野真由さん(57才・仮名)だ。
「うちは事前に親きょうだいで話し合い『家族信託』をしていました。その後、父が認知症だと診断されたのですが、設定してあった通り兄が代わりに自宅を処分でき、なんのトラブルもなく老人ホームに入所できました。兄と私との遺産分割も取り決めてあるので相続トラブルとも無縁。やっておいて本当によかったです」
親が元気なうちに「家族信託」の検討を
高齢化社会が進み、認知症などで判断能力が低下する人が増えている。厚生労働省の調べによると、65才以上で認知症の人は600万人(2020年)いると推計されている。2025年には約700万人にまで増え、高齢者の5人に1人が認知症になると予測されている。
つまり、冒頭の佐藤さんのように、親の認知症によって財産の処分に困る人が多数出てくる可能性が高い。とはいえ、藤野さんが備えた家族信託には「うちは資産家ではないから関係ない」と思う人が大半だろう。だが、誰しも例外ではない。司法書士で宮田総合法務事務所代表の宮田浩志さんが話す。
「家族信託をするかどうかにおいて、財産が多いか少ないかはあまり関係がない。親が認知症や大病で金融機関に足を運べなくなったり、財産管理ができなくなった場合、お金の問題で困るはずです。不動産を処分しないと介護費用が捻出できないなどの事態が予測されるなら、家族信託を利用するのが得策。親が元気なうちにどうするかを決めておき、いざというときに柔軟な対応が可能です」
「家族信託」は自由が利く
認知症などによって判断能力が充分でなくなった人の財産を守るための成年後見制度は、高齢化社会を支える制度として2000年に導入された。だが、成年後見人に支払う報酬が永続的に必要なことや、手続きが複雑なこともあり利用は少ない。アパートの建て替えなどのような家族の未来を見据えた用途に使うことは許されていないのもネックだ。
一方、「家族信託」は自由が利く。宮田さんが解説する。
「戦前からある『信託法』という法律を根拠とする財産管理の手法で、2007年に改正されたのを機に利用が増えています。主に家族・親族を受託者として財産を託すもので、預かる信託財産の制約もなく、設計も柔軟にできる。
機能は大きく2つ。認知症リスクがある老親などの生涯にわたる財産管理、そして遺言と同様に財産を残したい相手に円満円滑に渡す、という法的機能を持っています」
「成年後見制度」との違いは?
気になるのは、成年後見制度との違いだ。
「後見制度には3つの負担が生じます。まず、後見制度は厳格な財産管理が要求されるので、家族が後見人になれば収支状況などを年1回以上の頻度で裁判所に報告する事務負担がかかる。
次に、後見監督人が就いた場合の費用負担。月額2万円程度の報酬を本人が生きている限り払い続けることになる。
最後に挙げられるのは制約。本人のためになる支出しかできない。例えば老朽化したアパートを親の費用負担で建て替えれば収益性が高まるとしても、裁判所が認めるのは保守的な管理だけ。売却して発生したお金も本人の介護などにしか使えない。次世代に向かっての相続税対策や資産運用などはできないのです」(宮田さん)
「家族信託」のメリット
一方、家族信託は民間同士の契約のため、お互いの自由な内容で決定できる。「夢相続」代表の曽根恵子さんが実例を挙げる。
「80代の夫婦で現金は数百万円程度だったものの、一等地に建つ100坪以上ある自宅の資産価値が高額であるケースがありました。介護施設に入ると年金だけでは賄えず預金が減ってしまうため、重い認知症になったら自宅を売って施設費用に充てようと考え、家族信託で子供に管理を任せた。夫婦2人とも介護施設に入った後売却することが条件でしたが、認知症になってしまってからでは契約の当事者になれず、売れない。だから親側も納得のうえでスムーズに契約に至りました」
さらに、ほかのメリットもある。宮田さんが言う。
「父親が苦労して築いた土地と建物を嫁いだ長女が相続することになったケースがありました。この長女には子供がおらず、夫(義理の息子)より先に長女が亡くなると、法律上、夫が大半の財産を相続し、将来的にはその土地と建物は嫁ぎ先のものになってしまいます。この場合、家族信託を利用すれば“長女の次は長男の子に渡す”といったことや、将来生まれてくる孫を想定して、不動産を父親が望む順序で承継させることも可能です」
一方の遺言書は、自分の死後に関しては効力を持つが、さらにその先に発生する相続については効力を持たない。しかし、家族信託だと資産承継先を何代か先まで指定することができる。それが、遺言書との大きな違いだ。
そのほかにも、家族信託をしておけば財産の持ち主と管理者を分離することになるため、高齢者を狙った悪徳商法や振り込め詐欺対策にもなる。
教えてくれた人
宮田浩志さん/宮田総合法務事務所代表・司法書士、曽根恵子さん/「夢相続」代表
※女性セブン2022年11月24日号
https://josei7.com/
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