落語家・林家一門を支える海老名香葉子さん(88才)「お金を貯めるのもいいけど、情も貯蓄しましょうよ」
エッセイストの海老名香葉子さん(88才)は故・林家三平さんの妻であり、林家一門を支えるおかみさんとして活躍中です。終戦から77年。昭和から平成、令和と時代は変わっても戦争は繰り返されています。幼少期に戦争を経験した海老名さん。笑顔の裏側に隠された壮絶な過去から得た人生の教訓について聞きました。
東京大空襲で失った6人の家族
ウクライナのニュースを見て、いまの時代にまた戦争が起きたことに驚きました。
私は小学5年生のときに太平洋戦争が激しくなり、東京の実家から静岡の沼津に疎開しました。その後の東京大空襲で父と母、祖母、兄2人、弟の家族6人を亡くしました。
すぐ上の兄は生き残ったんですが音信不通になり、私は石川県穴水町へ再疎開になりました。そこで半年間夢のような優しさを受けたのですが、終戦となり東京の焼け跡の叔母の家へ。そこで目にしたのはすっかり変わった町と大人たちです。「お前みたいな子は死んでくれればいいのに」と何度も言われて本当に悲しかったです。その後も親戚や知人の家を転々とし、私は何で生き残っちゃったんだろうと涙しました。
そんなときに心の支えになったのが能登半島で出会った人たちの「いつでも帰っておいで」という言葉でした。戦争で一瞬にして家族を失った私には、帰る場所があることが本当に大きな力になりました。
16才のときに父の知人だった三代目三遊亭金馬師匠に引き取られるまで、どん底の経験ばかりでした。だからこそ、帰る家があること、そこで私を待っている家族がいることは本当に心を豊かにするのだとつくづく思います。
いまは核家族化が進み、ひとつ屋根の下で別々に食事をして会話のない家族もいます。でも温かいご飯を家族みんなで楽しくいただくのは、何気ないけど幸せな時間です。
「年を取るまでにお金を貯めるのもいいけど、情も貯蓄しましょうよ」と私はよく言います。お互いを思い合うことで情は生まれてきます。戦争が終わってからは苦労の連続でしたが、いまはたくさんの人の情に支えられ、助けられて過ごせることがすごくうれしく、幸せです。
人の情に支えられ、助けられてきた人生
同居する長男(林家正蔵)の嫁のゆっ子ちゃん(有希子)は35年以上ずっと一緒、次男(林家三平)の嫁のさっちゃん(国分佐智子)もすぐ近くに住んでいて、手伝いに来てくれます。2人とも細かいことにすごく気がつき、きちんとこなしてくれる働き者です。
私は数年前から台所に立たなくなり、ゆっ子ちゃんが食事の支度をします。まずいものはまずいとハッキリ言うと「そんなはずはないです」と優しく言い返される(笑い)。言いたいことをためずにポンポン言い合えるのも、情が通った関係だからでしょう。
これから年を取って寝込むようになり、お尻の始末をしてもらうようになっても、嫁になら頼めます。自分の弱いところを伝えることができ、弱音を吐ける相手がいるだけで気持ちが楽になります。
私には娘が2人いますが、ともに20代で家を出たので、娘と暮らした年月より嫁と過ごした時間の方が長い。嫁がいないと、もうとてもやっていられません。
戦争中に沼津に疎開するとき、母は泣きながら私の手を握りしめ、「いつもニコニコしているのよ。どんなときも笑顔でいれば必ず友達ができるから」と言いました。
それが母の最後の願いだった気がして、主人が亡くなってからも、家族や弟子の前ではとにかく明るく努めてきました。つらいときもたくさんありましたが、朝「オハヨー」って大きな声をかけ、皆から「おはようございます」と返ってくると不思議と力がわいてきます。
人の情に支えられ、助けられてきた人生ですが、これからも感謝の心を忘れず生きていこうと思います。
プロフィール
海老名香葉子さん・88才
エッセイスト。東京出身。18才で落語家の初代林家三平と結婚。長男は林家正蔵、次男は二代目林家三平で、夫の死後も「林家のおかみさん」として一門の精神的支柱として活動している。一方、自身の戦争体験を絵本などにまとめるなど作家としても活躍。
文/池田道大 取材/平田淳、宇都宮直子、進藤大郎、村上力
※女性セブン2022年9月15日号
https://josei7.com/
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