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海老名香葉子さん波瀾万丈の41年 故・三平さん「何で先に逝っちゃったの」泣いた夜

 エッセイストの海老名香葉子さん(88)は、故・初代林家三平さん(享年54)の妻で、林家一門の女将として活躍。夫亡き後、子供4人と弟子20人を抱えながら、懸命に人生を歩んできた。波乱万丈だったが、「小さな幸せや生きがいは、探せば日常の中にいっぱいある」と笑う。前向きに進む原動力をご本人に伺った。

一門の女将として涙を見せまいと決意

「どうもすいません」をはじめ、数々の名ぜりふとともに人気を博した“昭和の爆笑王”こと、落語家の初代・林家三平さんが他界したのは、41年前のことだ。

「主人は本当に人柄がよく、皆に慕われていました。テレビ局では、社長からお掃除のスタッフの人まで、会う人全員に丁寧なあいさつをしたり、私が病気で入院したときなんて、半年間毎日欠かさずお見舞いに来てくれました。

 落語家として、人を笑わせることに徹していて、息を引き取る直前も、医師に“しっかりしてください。あなたのお名前は?”と聞かれたら、“加山雄三です”なんて答えてね。意識が混濁しているはずなのに、周りを笑わせようとするの。そんな人ですから、主人が亡くなって、皆とても悲しんでくれました。夫婦は一心同体というけれど、私自身も体が半分なくなったように感じました」(海老名香葉子さん・以下同)

 悲嘆に暮れたのは妻だけではない。子供や弟子たちも同様だったという。
 
「特に次男は、毎日泣くんです。弟子たちも泣き暮らし、頼りにしていた姑も急に衰弱し、主人が亡くなった翌年、後を追うように息を引き取りました。こんな状態でしたから、自分が悲しんでいる場合じゃない。私が明るく振る舞って、林家一門を元気にしないと。そう奮い立たせてがんばりました」

 さらに彼女を待ち受けていたのは、経済的な問題だ。

「主人は人気者でしたから、公に通夜と葬儀を行いました。お恥ずかしい話、それでお金が底を突いたんです。しかたなく、土地と家以外のさまざまなものを売りました。主人の愛車も売ろうとしたら、次男が“これだけは売らないで。運転席に乗ってみてよ。お父さんのにおいがするでしょ”と言って泣くんです。でも、“バイバイ”しました。そして、専業主婦だった私が働きに出ることにしたんです」

 まずは夫の縁で、テレビ局から誘われた身の上相談の番組に出るようになった。緊張して手が震えたものの、プロデューサーの助言通りうなずきながら聞き役に徹していたら相談者がどんどん話してくれるようになったという。

 どんな仕事もひとつずつ丁寧にこなしているうちに、講演会や執筆などの仕事が舞い込むようになった。

「私は小学校もロクに出ていないので漢字もわからないんです。辞典を片手に必死で勉強しながら執筆しました。講演先では、花束よりも地元の名産品をいただきたいとお願いして、その場でお野菜やらお米やらをいただいて帰京。30㎏のお米を背負って、新幹線のホームの階段を上がったときは、ありがたい思いと大変な思いがないまぜでした。とにかく、家族や弟子を食べさせていくことで精いっぱいでしたね」

つらいときは布団に入ってとにかく寝る!

 死別から10年は、家族や弟子の前では明るく努め、がむしゃらに働く日々だった。

「悲しみに暮れる間もありませんでした。ただ、仕事で悩んだときは主人がいたらどんなによかっただろうと、夜、主人の洋服だんすを開けて、“何で先に逝っちゃったのよー!”と泣き叫びました。それでもつらいときは、スパッと寝るようにしました。それで朝起きると、またがんばろうという気持ちになれるの。“おはよ~!”と大きな声を張り上げて、家族や弟子たちを起こしてまわると不思議と力も湧いてくるんです。その繰り返しでしたね」

 そんな彼女を支えてきたのは、ささやかな日常だったという。子供たちの成長を感じたとき、ご飯を作って「おいしい」と喜んでもらえたとき、弟子の落語や自分が書いたエッセイの原稿が好評だったときなどだ。

「幸せや生きがいは、探せば日常の中にいっぱいある。苦しみの中で、小さな喜びがポッとある感じね」

 夫が亡くなってからは、その積み重ねで、気づいたらいまになっていたと笑った。

海老名香葉子さんに2つの質問

■1.悲しみにはどう対処した?

 海老名さんは家中の至るところに飾られていた夫の写真をすべて見えないところに隠したという。

「写真を見ると私も次男も泣いてしまって、立ち上がれませんから…」。

 それらの写真はいま、初代林家三平さんの記念館『ねぎし三平堂』に収められている。

■2.周りから気遣われた?

 生活に困窮した海老名さんたちに、初代林家三平さんの仕事関係者らが仕事を紹介。子供の同級生の親たちが野菜をくれるなど、多方面から厚意を受けた。

「心底ありがたかったです。よく“がんばってと言われるとつらい”という声を聞きますが、私は励みになりました」。

教えてくれた人

エッセイスト 海老名香葉子さん

1933年生まれ。故・初代林家三平さん(享年54)の妻で、一門の女将として活躍。夫が1980年9月に肝臓がんで他界した際、長女(美どり・当時27才)、次女(泰葉・当時19才)、長男(9代目林家正蔵・当時17才)、次男(2代目林家三平・当時9才)と20人の弟子を抱えていた。

取材・文/桜田容子

※女性セブン女性セブン2022年2月10日号
https://josei7.com/

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