兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第159回 心情を吐露する」
若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが、2人の日常や兄の様子を綴る連載エッセイ。今回は、連載回数160回を目前に、読者のみなさんへの思いを明かします。
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「読者のみなさまに感謝しております」
スウェットのズボンを後ろ前に穿いて過ごす兄と同居中のツガエでございます。
少し前までは、前と後ろを迷いながらも最終的には正解にたどり着くことが多かったのですが、最近は半々の確率で誤答のほうに落ち着くようになりました。
当然パンツも前と後ろは五分五分の勝負。ウエストゴムのズボンしか穿かなくなったので「社会の窓」を使用しないことが原因と思われます。
それでも普通なら「なんか違うな、穿き心地悪いな~」となると思うのですが、そうならないところが、さすがプロのボケ兄さまでございます。
わたくしもうっかりしていて、今日はそれに気づかずズボンが後ろ前のままの兄を連れてスーパーまで行ってしまいました。帰り道、兄の後ろを歩くと、黒いスウェットのウエスト部分に白い紐が蝶々結びになっているのが見えて、なんともかわいい後ろ姿。「違和感ないのかな」と思いながら、ニヤニヤしてしまいました。
そこへ、ちょうどデイケアの送迎車が通りかかり、スタッフの方が窓から「こんにちは~」と声を掛けてくださいました。「どうも、こんにちは」とわたくしが応えると、兄が愛想よく会釈をしたあと、「マナミコの知り合い?」とご反応。昨日お世話になったばかりなのに……、というわけで本日も絶好調でございます。
お蔭さまでこのところ排せつ問題もなく快食快便が続いております。とはいっても朝は必ず兄の部屋のゴミ箱にお尿さま(たまにお便さまも)が入っている状態ではございますが……。「お兄さまの部屋にポータブルトイレを置いてみては?」というご提案をいただいていますので、そのうち設置してみる所存でございます。
こうして、ボケ兄だの、お便さまだのと介護の愚痴をこぼし、つたない心情を吐露できるツガエは幸せ者でございます。それだけでなく、多くの方に読んでいただき知恵や応援までいただける場所が与えられている幸せを、ツガエは今噛みしめております。なぜなら、世の中には自分の思いを聴いてほしくてSNSで発信してみても、誰の目にも留まらず、誰の共感も得られず、孤独を深めてしまう人がいるからでございます。その結果、決してやってはいけない行動へと突き進んでしまい、大きな悲劇になってはじめて、聞いてほしかった心の声が伝わってくる……、そんなことが少なくないように思ったからでございます。
わたくしはかねてから、自分の中に危ういものがあると自覚しております。油断するとすぐに自暴自棄になりますし、長年の介護の末に殺害などというニュースを見ると「この犯人は自分だったかもしれない」と同情してしまいます。
ともすれば負のループに捕まりがちなツガエが一線を越えずにいられるのは、お読みいただいているみなさまの目があるからなのではないかと、最近ふと思い至りました。
お世辞でも「頑張ってますね」と応援されると、「いやいや、それほどでも…」と自分の雑な介護を反省いたしますし、「でも、もう限界なのでは?」と言っていただけると、急に褒められたような気持ちになって「も少し頑張れそう」と元気が出ます。
わたくしは孤独なようで孤独ではございません。これからも皆さまの励ましの言葉に遠慮なく、いやむしろ図々しく乗っかっていこうと考えております。
最後に一つ。米国で承認された認知症新薬「アデュカヌマブ」が効果不十分として保険適用外になったという新聞記事を読みました。自費ならば年間300万円超! 日本に入ってきたとしても認知症が治る前に破産してしまいます。でも失敗は成功のもとと申します。研究者の方々にもポジティブに取り組んでいただきたいと願うばかりでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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