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高次脳機能障害の母が作る料理に困惑したヤングケアラーの本音「必要だったのは一歩先の支援」

 高次脳機能障害の母と事故で左腕を失った父と暮らすたろべえさんは、幼い頃から母の作る料理は「宇宙レベルの不思議」だったと明かす。介護が必要な親のために、子供が料理を担わなければならない……、そんなヤングケアラーの実体験から介護・福祉のあり方を考えてみたい。

母は宇宙人?謎クッキング、5つの奇妙なおふくろの味

 高次脳機能障害のある母の言動は、他人から見ると「いったいなんでそんなことを?」と不思議に思うことが多い。真面目に考えてもきりがないので、「母は実は宇宙人で、地球人とは違った文明の星から来たのだ」と思うことにしている。

 今回はそんな母の手料理にまつわるエピソードをいくつか紹介していく。

激薄ココアと激苦コーヒー

 最初に母の料理に疑問をもったのは、幼い頃に母がいれてくれたココアを飲んだ時だった。母はよくココアをいれてくれたが、正直あまりおいしくなかった。こういうものなのかな?と思い飲み続けていたが、ある時、父が入れてくれたココアを飲んでみると甘くてとてもおいしかった。

「同じ飲み物のはずなのにどうしてこんなに違うのだろう」と思っていたが、どうやら母は正しい分量でココアの粉とお湯を混ぜることができていないようだった。ココアは薄いが、コーヒーはかなり濃く作る。

 母はよく父にコーヒーをいれてあげているが、父は苦くて飲めない!と母の作ったコーヒーを10倍くらい薄めている。母がとんでもない濃さでコーヒーを作るせいで、我が家ではインスタントコーヒーがすぐになくなってしまう。

雑草入り味噌汁

 これも幼い頃の話だ。ある時、私は近所で拾った植物の蕾を「ブドウに似ている!」と言って持ち帰り、おままごとに使った。それをそのまま取っておいたところ、翌日の朝に母が味噌汁に入れて食卓に並べてきた。子供の私でもさすがに外で拾った植物は食べられる野菜とは違うとわかるのに、母はわからなかったということにびっくりした。

 このできごと以降、私は外で拾った物を家に持ち帰るのは禁止となった。母が食べられる物と勘違いしそうな物を母の目に入るところに置くのもNGだ。

煮魚を焼く、焼き魚を煮る、麻婆豆腐は「素」だけ!

 母は基本的に料理を作り方の通りに作ることができず、「煮る」「焼く」「ゆでる」などと書いてあっても無視して自己流に料理をしていた。何度教えても煮魚用の魚を焼き、焼き魚用の魚を煮ていた。

 母は「麻婆豆腐の素」を使って麻婆豆腐を作るときも、箱に書いてある作り方の表示通りに作ることができず、中身をお皿に出しただけで「完成!これであなたとお父さんの2人分だよ!」と言ってきた。手をつけずに放っておいたところ、母はパンにつけて食べていた。

油まみれの焼きそば

 母は昔、よく焼きそばを作ろうとしていたが、毎回毎回、なぜか油でギトギトだった。もう調理済みで袋に入っている焼きそばの麺をなぜか蒸そうとして、それが終わると今度は低温の油の中に入れて放置していた。

 この話を母と同じく高次脳機能障害のある母親をもつ知り合いに話したところ、「うちでも一緒だった!」と言われ、とてもびっくりしたものだ。

弁当のブロッコリーから異臭

 母の料理は食べられるものならばまだいいが、食材が腐っていることに気がつかずに調理してしまったり、火を通さないといけない物が生のままだったりということもしょっちゅうだった。

 弁当が必要な時は基本的には祖母に頼んで作ってもらっていたが、小学校2年生の時、一度だけ母が作った弁当を学校に持って行ったことがある。蓋を開けた瞬間「あ、これは食べられないな」と臭いでわかった。たしかブロッコリーが入っていた。母はおそらくゆでたブロッコリーの水分を取らずに温度が高いまま弁当箱に詰めて、長い間放置したのだろう。この日の昼食は友人たちがトマトやピーマンなどそれぞれ苦手な食べ物をくれた。

 このできごと以降、弁当を祖母に頼めない日は自分で菓子パンを買うかおにぎりを作って持って行くようになった。

母は調理機器が正しく使えない

 母は基本的な調理機器も正しく使えない。我が家の電子レンジはもう25年以上同じ物を使い続けている。最新式のボタンが複数あるレンジは母には使いこなせないためだ。

 我が家のレンジには「生解凍/調理」「タイマー」「開ボタン」しかついていない。それでも母は用もなく「生解凍/調理」の切り替えスイッチをカチャカチャといじるので、この部分は壊れてしまった。

 母はやたらとご飯を炊きたがるが炊飯器の使い方もよくわかっていない。朝昼晩のどの食事とも関係ない変な時間にご飯を炊き出したり、まだ炊いていない米を保温したり、一度炊いたご飯をもう一度炊いたりする。

 レンジや炊飯器など、わからないのであればさわらないで欲しいが、それでもさわってしまう。どうしてもさわって欲しくない時には「さわるな!」と紙に書いて貼っておくようにしている。

母が料理する姿を動画に撮ってみた

 2年前、母が料理をしている様子を動画で撮ってYouTubeにアップしてみた※。

※YouTube「元ヤングケアラーたろべえとおかあちゃんねる」【高次脳機能障害のあるお母さんの日常がよくわかる】ママベえお料理動画

「夕飯は何時から作るの?」という質問に、「魚だからサラダ」と返してくる謎のやりとりから始まり、母が危なっかしく料理を作る様子を撮っていたが、かなり時間がかかるので私の方が疲れてきてしまい、完成する前に撮影をやめてしまった。

親の代わりに料理をするヤングケアラーの気持ち

 私が母の代わりに料理をするようになったのは、私が就職して、母がデイサービスに通い始めてからだ。母のルーティンを崩すことになるので、すぐには理解できないかと思っていたが、「お母さんの仕事はデイサービスに行くことになったから、もう料理はしなくてもいいよ」と説明したところ、意外とすんなりとわかってもらえた。

 元々はリハビリもかねて母にやってもらっていて、母も自分なりには取り組んできていたことだったので、私が料理をすることで母の「役割」や「できること」を奪ってしまうことになるのではないかとも思った。

 しかし、その心配をよそに、母は自分が楽できるようになったことがとっても嬉しいようだ。夕方になると「ねーご飯は?お腹すいたー」と言いながらテレビを見ている。できあがった料理を出すと、もう味つけがしてある料理でも確かめずに、さらに醤油やドレッシングをかけて「おいしい~!」と大喜びで食べている。

 その様子を見ていると、はじめからこれでよかったのでは?とも思えてくる。ちなみに母が料理を作らなくなったことで、父は長年悩んでいたお腹の調子が治ったらしい。

 少々風変わりな「おふくろの味」で育ってきてしまったが、そのおかげなのか私は好き嫌いがほとんどない。大体の食べ物をおいしく食べられる能力を身につけられたので、まあそれだけはよかったと思うことにしたい。

「母の料理に困っている」のさらに一歩先の悩みを聞いて欲しい!

「母の料理」に困ってはいたが、ヤングケアラー時代の私は母に料理をやめさせたいというよりは、母と一緒に料理をしてくれる人がいて欲しいと思っていた。私や父が一緒に料理をしてもよかったが、それぞれ学校に仕事にと忙しかったので、継続するのは難しかった。

 結果的に母に料理を作るのをやめてもらうことになったが、それも母にショックを与えてしまうのではないかと思うとなかなか簡単に決められることではなかった。

 ヤングケアラーを支援する際には、「料理に困っている→代わりに食事を提供する」という支援が必要な場合もあるが「母と一緒に料理をして欲しい」「母に料理をやめて欲しいけど、どうやって言えばいいかわからない」といった、ひとりひとりの悩みに向き合える仕組みがあるといい。

元ヤングケアラーたろべえさんの介護note

・料理のサポートは公的なサービスが見つからなかった

 毎日毎日、母のとんちんかんな料理を作り直すのが面倒だった。誰かが母の料理を手伝ってくれたらいいのにと思い、高校生のときにヘルパーさんを調べたことがあったが、母が使える公的なサービス(障害福祉サービス)では、利用者本人の食事を用意することはできても、一緒に作る作業はできないとのことであきらめてしまった。

 最近では、ヘルパーさんが家族の分の食事も用意したり、家事や買い物を一緒にできるようになっている自治体もあるようだが、当時はわからなかった。

・自分がヤングケアラーだと気がつくことから始まる

 親が作る料理が風変わりだったり、自分が料理をサポートしたりしていても、幼い頃からそれが当たり前で育っているので、子供は自分がケアラーであることに気づきにくい。

 一般社団法人日本ケアラー連盟が運営する『ヤングケアラープロジェクト』※では、ヤングケアラーの定義のひとつとして、「障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている」を挙げている。

■一般社団法人日本ケアラー連盟『ヤングケアラープロジェクト』
https://youngcarerpj.jimdofree.com/

・相談窓口を知っておく

 料理にかかわらずだが、もしも自分がヤングケアラーとして抱えている悩みがあれば、厚生労働省のウェブサイト「子どもが子どもでいられる街に」に、多くの相談窓口が記載されているので参考にして欲しい。

■厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に」
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/

文/たろべえ

たろべえさんの顔写真

1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)の3章に執筆。
https://twitter.com/withkouzimam  https://ameblo.jp/tarobee1515/

●ヤングケアラー、小6の6.5%という調査結果 当事者が明かす介護「誰にも話せない大嫌いだった母のこと」

●ヤングケアラーの実体験 障害のある母と歩むたろべえさんが公的サービスに辿り着くまで

●ハリー杉山さんが27才で直面した父親の介護「誰にも言えなかった孤独と葛藤」

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この記事へのみんなのコメント

  • okkiy

    元ヤングケアラー・福祉サービス事業所経営者です。 昔から"障害福祉サービス"では、合計15分以内程度であれば余暇のサービスが認められています。 認められていないのは"介護保険サービス"です。 制度が違う一方で、ヘルパー資格は同じな為、制度の理解に乏しい管理者が運営する事業所の多くは、介護保険サービスに則った方針で事業所を運営してしまい、結果、ヘルパーは同居家族の家事をやってはいけないと思い込んでいます。 カゴに入っていた洗濯物を回して干したり、一回の食事を多めに調理する、あるいは2回分作り置きする程度であれば15分もかからず、可能です。 私も、小学生からシングルマザーで頸損の母を介護してきましたが、同じように私の洗濯や食事は作ってもらえませんでした。 この件に関しては障害福祉サービス制度の問題ではなく、介護保険サービスの問題、専門職側の理解の問題で、不便が起ったのだとおもいます。

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