認知症の母が作った衝撃の“鶏肉をサッと温めた”料理に息子がハラハラさせられた話
岩手でひとり暮らしをする認知症の母を遠距離介護しているブロガーで作家の工藤広伸さん。認知症の進行とともに、母が得意だった料理のレパートリーが減ってきたことに不安を感じる日々。あるとき妹から母が作った料理の写真が送られてきて――。
料理が得意だった母
母の頭の中のイメージと現実があまりに違っていたために、わたしがハラハラさせられたある出来事をご紹介します。
寮母として働いていた40代の頃の母は、1か月分の献立を1度も被らないようにするために頭を悩ませていました。それだけレパートリーが豊富だった母を尊敬しますし、その貯金のおかげで、認知症発症後もしばらく料理ができていたのだと思います。
しかし、重度まで認知症が進行した今、料理はご飯と味噌汁程度しかできなくなり、目玉焼きやもやし炒めですら、わたしのサポートなしでは完成しません。そのため、わたしが実家に居ない日は、ヘルパーさんに料理を作ってもらっています。
また、デイサービスの回数を週2回から週3回へ増やし、母が自分で料理をしなくても大丈夫なように、食事の態勢を整えてきました。
母は今の状況をどう思っているかというと、全盛期ほどの料理の腕はないけど、まだまだ誰の力も借りずに料理はできる、サポートなんて必要ないと本気で思っています。わたしやヘルパーさんが、母の料理のサポートをしているとは思っていないのです。
理想と現実のイメージの乖離
どんなに自信があったとしても、いざ台所に立つと、母はどの調理器具を準備して、どの材料を冷蔵庫から取り出して、どの調味料を使ったらいいかわかりません。
しかし食卓に何かを並べないといけないと思っている母は、居間のコタツの上に食パン1斤、1リットルの牛乳パック、おかずが乗ってない皿、そして箸を並べて、夕食の準備ができたと思っているのです。
東京から帰ってきた息子のために食事の準備をしなければいけないという母親の気持ちだけはしっかり残っているものの、もはや料理の提供はできません。でも母親としての責任は果たしたい、その結果の表れです。
残念ながら夕食として成立していないので、わたしが食材をすべて冷蔵庫に戻したあと、メインの夕食を作り、母には味噌汁のみ作ってもらっています。
このように母の料理におかしな点があった場合、家族が一緒ならすぐに修正できます。しかし今回は、わたしは東京で、岩手で暮らす妹が実家に居たときのこと。妹が買い物のために外出していたちょっとの間に事件は起きました。
お腹の空いた母が作った衝撃の料理
妹が外出先から実家に戻ると、母はお腹が空いていたのでしょう。冷凍庫にあった食材で、何かを調理して食べた形跡がありました。妹はその料理を撮影し、東京に居るわたしにLINEで送ってきました。
送られてきた写真を見ても、何の料理かさっぱりわかりません。ご飯の上に、赤い何かが乗っていることだけはわかります。妹に赤いものの正体を聞くと、鶏肉という返事でした。十分に火の通ってない生の鶏肉をご飯に乗せただけの、謎の料理だったのです。
母は妹に「鶏肉をサッと温めたのよ」と言ったそうで、おそらく冷凍庫に入っていた鶏肉の解凍の仕方がわからず、電子レンジで少しだけ温めた状態の鶏肉を、そのままご飯の上に乗せて食べていたようなのです。
妹とのLINEのやりとりを横で見ていたわたしの妻が、生の鶏肉の写真を見て言った一言で、事の重大さに気づいたのです。
妻「鶏の生肉を食べたら、カンピロバクター※に注意しないとダメだよ」
カンピロバクターが原因で腹痛や下痢になって、学級閉鎖になった学校の話をテレビで見た記憶があったわたしは、顔面蒼白になりました。さらにカンピロバクターについて、ネットで調べてみると、いろいろとわかってきました。
※編集部注:鶏や牛などの家畜や、野鳥など野生動物が保菌する細菌。激しい食中毒や下痢を引き起こす原因となるが、加熱調理で死滅するとされている(参考/厚生労働省「カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)」より)。
あるタレントさんが、同じタイミングで緊急搬送されたニュースを見たのですが、その原因がまさに生の鶏(鳥刺し)でした。40度近い熱と腹痛と関節痛で、新型コロナウイルスの感染を疑ったほどだったそうです。
生の鶏肉を食べた当日に何もなくても、数日後に症状が出ることもある。今はコロナ禍だし、地震の影響で東北新幹線も動いていないので、すぐには駆けつけられません。できることは、いつも以上に母の様子を見守りカメラで注意深く観察するしかありません。
ハラハラしながら5日間を過ごしましたが、結局母は腹痛も下痢もなく、もちろん鶏の生肉を食べた記憶もなく、元気にケロッとしておりました。そんなに、生の鶏肉を食べていなかったのかもしれません。
この事件をきっかけに、冷蔵庫に加工していない生の肉は置かないよう徹底して、ヘルパーさんにもお願いしました。
入院のリスクがある料理を作ってもらうことは避けたいので、食材の保管には十分注意しなければならないと感じています。認知症がどんなに進行しても、料理ができるという母のプライドは残しておきたいと思っています。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(78歳・要介護3)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442。