阿佐ヶ谷姉妹が阿佐ヶ谷から送る『阿佐ヶ谷ワイド!!』はみんなが手を振りまるで選挙活動
この春から、大人気お笑いコンビ阿佐ヶ谷姉妹の冠レギュラー番組が2本スタートしています。『阿佐ヶ谷ワイド!!』(テレビ朝日)と『阿佐ヶ谷アパートメント』(NHK)。自ら「普通のおばさん」と称する擬似姉妹ふたりの魅力とは? バラエティを愛するテレビっ子ライター・井上マサキさんが考察します。
阿佐ヶ谷姉妹による阿佐ヶ谷ファーストの番組
「阿佐ヶ谷姉妹が阿佐ヶ谷から一歩も出ずに、阿佐ヶ谷の皆さんとお送りする地域密着バラエティ」
そんな阿佐ヶ谷ファーストの番組が、この春から始まった。その名も『阿佐ヶ谷ワイド!!』(テレビ朝日系)である。
東京都杉並区に位置し、新宿から電車で10分弱の阿佐ヶ谷。阿佐ヶ谷姉妹はその名の通り、阿佐ヶ谷に20年近く住んでおり、今も同じアパートの隣同士に暮らしている。記念すべき初回は、JR阿佐ヶ谷駅前からしっとりと始まった。阿佐ヶ谷姉妹にとって初めての冠レギュラー番組、本来なら「わーっ!」と始めたいところだが、「地元で顔がバレちゃってるから」と抑えめにして。
そんなホームタウンでこれから番組を始めようというのである。急にお騒がせしては申し訳ない。まずは関係各所に挨拶をしなければ……と考えたのか、#1は阿佐ヶ谷神明宮で番組成功を祈願し、#2は杉並区役所へポスター貼りのお願いにうかがった。まずは神社仏閣と官公庁を抑える。もはや選挙の地盤固めである。
まるで選挙活動のような立ち振る舞い
というか、阿佐ヶ谷を歩く阿佐ヶ谷姉妹の様子は、もうほとんど選挙活動と言ってよかった。番組は阿佐ヶ谷でのオールロケで収録され、移動は基本的に徒歩。すれ違う人がみんな反応してくれる。そのたびに2人は丁寧に挨拶を返すのである。
手を振られたら振り返し、「こんにちは」「すいません」「ありがとうございます」と挨拶はもちろん、工事現場やお巡りさんには「ご苦労様です」、園児たちには「バイバ~イ」と相手によって声かけも変わる。いきつけのお店の前を通りかかれば「いつもお世話になってます」と立ち止まる。タスキを掛けていないのが不思議なほどの選挙ムーブ。日本で最も会釈するバラエティ番組なのではないか。
移動中、江里子さんが道行く人に「お邪魔しております」と声を掛けるのを聞いて、美穂さんが「お邪魔しますって変じゃない?」と問う場面がある。だが、江里子さんは当然のように「お邪魔しているじゃない、阿佐ヶ谷の日常を」と返すのだ。
阿佐ヶ谷姉妹にとって、阿佐ヶ谷という街はホームであり日常。でも、ピンクの衣装を着てカメラを引き連れていればそれは「非日常」だ。非日常にいる自分たちが、あくまで阿佐ヶ谷の日常に「お邪魔」する形をとる。その遠慮深さ、思慮深さに大人の振る舞いを感じる。
物件ロケなのに不動産屋より阿佐ヶ谷に詳しい
一通りご挨拶を済ませたあとは、いよいよ地域密着の活動である。#3では「阿佐ヶ谷に引っ越しを考えている方がどこに住むか?を解決したいわね!」ということで、依頼者である女性スタッフと物件探しのロケへ。
阿佐ヶ谷姉妹は20年近く住んでいるので、不動産屋より阿佐ヶ谷に詳しい。「ここは住宅地でほとんど静か。この先の女学校の生徒さんが前を通ったりするくらい」「(シャワーのみの物件で)お湯に浸かりたかったら自転車で5分のところに銭湯があるから。本天沼区民集会所のすぐ近くの第二宝湯」と、地元民しか知らない情報がどんどん出てくる。最終的に依頼者そっちのけで大家さんと仲良くなったりもしちゃう。
また、#4「阿佐ヶ谷でTシャツが仏間を占拠していることを解決したいわね!」では、阿佐谷北に店を構えるペンギンカフェのマスター(矢島さん)が登場。阿佐谷北の商店街を盛り上げるためにTシャツを作ったが、思ったほど売れず、1000枚近くの在庫が実家の仏間を占拠してお線香もあげられないという。
ペンギンカフェの常連でもある姉妹は、以前「マスターの義父が作ったバジルのペーストをいただいた」という縁もあり、マスターの実家は完全ウェルカム状態。お義母さんは友達まで呼んでいた。仏間での検討の結果「阿佐ヶ谷北にある洋品店にTシャツを置いていただこう」となり、マスターと一緒にお店を巡っていく。
飄々としたマスターのキャラクターもいいし、洋品店の店主たちも個性豊か。阿佐ヶ谷姉妹の腰の低さもあってかみんな協力的で、優しい世界がそこにあった。もうちょっと変な依頼が来たら、阿佐ヶ谷を舞台にした『探偵!ナイトスクープ』になりそうな予感すらする。
阿佐ヶ谷姉妹の「虚構」と「リアル」
ちなみにこの春、阿佐ヶ谷姉妹はもうひとつ冠レギュラー番組が始まっている。NHK総合の『阿佐ヶ谷アパートメント』だ。
『阿佐ヶ谷アパートメント』は、阿佐ヶ谷姉妹がアパートの大家に扮し、スタジオに建てられた巨大なアパートのセット(2階建て6室!)で、住人たちとゆるく語らうトーク番組。通底するテーマは”令和ニッポンの価値観”で、住人たちは年代も性別も国籍もバラバラ。そのバラバラをつなぐハブ的な役割に、物腰も考え方も柔らかい阿佐ヶ谷姉妹がちょうどいい。
改めて考えると、阿佐ヶ谷姉妹にとってこの春は、アパートの大家という「虚構」をまとう番組と、阿佐ヶ谷在住という「リアル」を背負う番組が、いっぺんに始まった季節ということになる。
いや、そもそも阿佐ヶ谷姉妹自体が、虚構とリアルが同居する存在なのだ。姉妹と名乗るほど似ているが本当の姉妹ではなく、阿佐ヶ谷を名乗るとおり本当に阿佐ヶ谷に住んでいる。テレビに住むピンクの妖精のようで、杉並区に住民票がある。
とは言え両番組とも、生活感あふれる会話や、ちょっと天然の美穂さんとしっかり者の江里子さんという関係性、やりとりで生まれるなんとも言えないおかしみといった、阿佐ヶ谷姉妹の「リアル」は動かない。背伸びをせず、取り繕うことなく、そこにいてくれる。そんな2人だからこそ、阿佐ヶ谷の人たちがみんな手を振ってくれるのだろうと思うのだ。
文/井上マサキ(いのうえ・まさき)
1975年 宮城県石巻市生まれ。神奈川県在住。二児の父。大学卒業後、大手SIerにてシステムエンジニアとして勤務。ブログ執筆などを経て、2015年よりフリーランスのライターに。企業広報やWebメディアなどで執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。