「障がいを持つ子供の親が安心して死んでいける地域を作りたい」長崎・理学療法士の挑戦
「障がいや病気を抱える子供たちが、親が死んだあとも安心して暮らせる場所を作りたい」。そんな目標を掲げ、長崎で奔走する人がいる。自らも障がいを持つ息子さんを育てる父親である理学療法士・宮田貴史(たかふみ)さんの挑戦を追った。
難治性てんかんの息子と暮らす日々で気づいたこと
「息子のおかげで幸せの感度が劇上がりですよ。息子が家にいるだけで、毎日が楽しくて本当に幸せです」
こう言って柔らかい笑みを浮かべるのは、理学療法士の宮田貴史さんだ。
宮田さんは、長崎市内で障がいを持つ子供たちを受け入れるデイサービス(障害児通所施設)や訪問看護を展開するユースリーを起業して8年目。妻の麻衣子さんと、小学生6年生の娘と、4年生になる息子さんと暮らしている。
「息子は難治性てんかんという病気を抱えています。知的障がいもあって姿勢を保つことが難しく、移動は車いすを使っています。
生後3か月のときに初めて発作が起きました。その後何度か発作を繰り返して、1才になるころに医師から病名を告げられて、将来的によくならない、言葉も喋れるようになるかはわからないと言われました。
それでも、てんかんという病気は7~8割は薬で発作が抑えられるとも言われていたので、きっと大丈夫だと思っていました。でも、想像と違う。これが最後、この発作が最後、この入院が最後だとずっと希望を持っていました」
2才のときには40度の高熱が1週間続き、「最悪の事態を覚悟しました」と、宮田さんは当時を振り返る。
HCU(高度治療室)にいる小さなわが子を目の前に、「この子が助かってくれるならばどんなことでもしたい」と、強い思いを胸に「起業」を決意したという。
「治療を乗り越えて息子が家に帰ってきてくれたとき、本当に幸せを感じたし、当たり前の生活が当たり前ではないことを、彼が気づかせてくれました。
だから今は、この子が家にいるだけで毎日本当に幸せなんです」
自分たちが死んだら、息子はどうなるのだろう?
「自分たちがいなくなったあと息子の人生はどうなるんだろう。この子はどういう施設でどういう人生を過ごすんだろう…。
この先、大切なわが子を誰かに託す瞬間が来ることはわかっていました。自分じゃない誰かに託すのならば、人の痛みの分かる、人の心に寄り添えるような人たちに囲まれていてほしい。でも、そういう施設はあるのだろうか? ないならば、自分がそういう人を育てる会社を作ろうと思ったんです」
こうして宮田さんは息子さんが2才のときに会社を設立。「障害児を持つ子の親が安心して死んでいける地域を作る」を理念に掲げ、新たな施設作りに奔走する。
子供たちの心に寄り添い自立を応援する
現在、宮田さんが事業展開する施設は、長崎市の南東、緑豊かな城山町にある。
“こどもトレーニングひろば”と名付けた3つの施設は、0才児から18才まで、さまざまな障がいや病気を抱える子供たちが70名通っている。
理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護師、保育士が在籍し、スタッフは40名を超えており、ここまでスタッフが充実している施設は、近隣では珍しいという。
「人工呼吸器が必要な子もいますし、ADHD(注意欠陥・多動性障害)や自閉症、ダウン症といった病を抱える子も通ってくれています。
その子の年齢や特性に応じて、一番適した事業所を決めています。最初は静かに、じっと座る練習や人の話を聞く練習、年齢が上がってくるとパソコンの練習や、洗濯や料理など自立に向けた練習もしています。
最近は、性被害にあわないための性教育も取り入れています。言葉をうまく発せない子たちは、嫌だと言えないこともあるんです。触らないでくださいって言う練習をしたり、年齢に合わせたプログラムを実施しています」
宮田さんは、息子さんの子育てや、施設で子供たちと向き合う中で、改めて気づいたことがあるという。
みんな傷ついている。自分を責める子供たち
「子供たちはみんな傷ついているんです。ほかの子はできるのに、どうして自分はできないんだろうと、毎日自分と戦っている。
ある高学年の子が、『自分はお母さんに迷惑をかけているだけの存在だから』と打ち明けてくれたこともありました。
子供たちが抱えてきた悩みを知ったことで、愛情がさらに深まりました。今まで知らなかった、ごめんねって…。
この子たちが、自分らしく、自信を持って生きていくために、自己肯定感を高めるにはどうしたらいいかを、常に考えています」
小さな「ありがとう」を何度も伝える
「(施設に)来てくれてありがとう、話してくれてありがとう、教えてくれてありがとう。ちょっとしたことに『ありがとう』という言葉をかけています。
身の回りの片付けができない子もいますが、『なんで片付けできないの?』と責めるのではなく、まずは片付けできない理由を聞くことから始め、一緒に片付けをする計画を立てようと提案してみる。
たとえば、筆箱の中に鉛筆をたった1本だけでも片付けられたら、その成長を共有する。そうすることで、少しずつ自分はできるかもと自信がついてきて、できるようになる子もいるんです」
介護をする親の負担を減らす宿泊施設を
障がいを持つ子供たちの自立を支援する事業の一方で、親側のケアも課題だという。
「うちの息子は、5才までは1年の半分以上が入院生活だったので、日中は妻が付き添って、夜は私が交代してという生活でしたから、体力的にかなりきつかった。
介護や介助する側が体調を崩してしまったら誰が面倒を見るのかという問題があります。
泊りで医療ケアもできる施設はほとんどないし、病院はすぐには受け入れてくれないことも多い。だったらまた自分で作ればいいと思って」
2年後を目標に宮田さんは今、新たに医療的なケアが必要な子供たちも宿泊できる施設を計画中だ。
「我が家の場合、妻はまだ早いって、息子のお泊まりに最初はためらっていましたが、僕たちが死んだときにこの子を誰が見てくれるのか。小さいときからお泊りも回数を重ねることで、この子がひとりなることに慣れていくと思うんです。親も子離れの練習をしないと。
施設に通う親御さんたちにも、介護に疲れたら、離れることを躊躇しないでと伝えています」
熱い思いを胸に次の目標に向かって邁進する宮田さんだが、最後にもう一度、息子さんの話をしてくれた。
「うちの息子、可愛くて仕方ないんですよ。息子を見てもらえますか」と、目尻を下げて優しいパパの顔に。
ニコニコしながら宮田さんが見せてくれたのは、妻の麻衣子さんが息子さんに平仮名のカードを1枚ずつ見せる動画。
「カードの文字を見ながら、息子が『ま』『い』『こ』って1音ずつ言葉を発している。妻は私の名前呼んだ~!! って大喜びしているんです」
息子さんとの幸せな毎日が、宮田さんのパワーの源だ。
取材・文/氏家裕子
→後編「難治性てんかんで闘病中の息子に選んだ”格好いい”車いす」理学療法士の挑戦・続編
教えてくれた人
宮田貴史さん
理学療法士。ユースリー代表取締役。2人の子供を持つ父親。「障害児を持つ親が安心して死んでいける地域を作る」を目標に、日々奔走中。リフレッシュタイムには、自身のYouTubeチャンネル『パスタ天国』を更新。