『俺の家の話』1話|長瀬智也が老眼の衝撃。親の介護は実の親子だからできることもあるし、できないこともある
長瀬智也主演、宮藤官九郎脚本の『俺の家の話』(TBS毎週金曜夜10時から)は、介護がテーマのホームドラマ。「要介護1」の父親(西田敏行)と、介護初心者でプロレスラーの息子(長瀬智也)を中心に、笑いをベースにシビアな現実を描き、1話から絶賛の嵐。ドラマを愛するライター・大山くまおが見どころを解説します。
「介護」がテーマのホームコメディー
「僕の周りでも親の介護をしなければならなくなっている人が多くて。僕の家も、もうそろそろという感じですが、ドラマではあまり書かれてない題材ですよね。これから必ずみんなが直面する問題なのに、なんで今まで取り扱われることが少なかったんだろう? というところから入りました」
現在40代、50代で親の介護の問題に直面している、あるいは間もなく直面しそうな人なら必見のドラマが始まった。長瀬智也主演、宮藤官九郎脚本のドラマ『俺の家の話』(TBS系)だ。テーマは家族と介護。こんなに「介護ポストセブン」にぴったりのドラマがあるだろうか。それに伝統芸能の能と相続、プロレスなどが加わる。介護だからといって深刻に考えることはない。あくまでホームドラマであり、コメディーだ。
冒頭の言葉は、宮藤官九郎がインタビューで語ったもの(1月22日『リアルサウンド映画部』)。いや、本当にそう思う。クドカンって若者向きのドラマの脚本家でしょ? と思うむきもいるかもしれないが、彼だってもう50歳。『俺の家の話』はクスッと笑える小ネタをそこかしこに差し込みつつ、テンポが早すぎることも構成がわかりにくいところもない。じっくり、どっしりと家族と介護のドラマを見せてくれそうだ。
長男、父親の介護のために家に帰る
主人公は観山寿一(長瀬智也)。全盛期を過ぎたプロレスラーでリングネームは「ブリザード寿」。憧れていたプロレスラーはブルーザー・ブロディ、必殺技は寿固め(卍固め)、入場曲は松任谷由実の「BLIZZARD」。この時点ですでに40代、50代の視聴者のツボをグイグイ押してくる。それでいて老眼の描写もリアルだった。これまでドラマで老眼を指摘されるジャニーズタレントがいただろうか?
寿一の父親は1万人の門弟を持つ能楽の人間国宝、観山寿三郎(西田敏行)。寿一は親子の情愛を見せない厳格な父親に反発し、17歳で家を飛び出してプロレスラーの道を歩んでいたが、寿三郎が危篤になったため25年ぶりに家に帰ってくる。
寿一の妹の長田舞(江口のりこ)と弟の踊介(永山絢斗)は、2年前に父親が倒れたときに帰ってこなかった兄のことを冷ややかな目で見ている。「親だと思うと倍重たいのよ」という舞の言葉に実感がこもっていた。
寿一はプロレスラーを引退して家に戻り、長男として危篤状態から回復したものの下半身麻痺になった寿三郎の介護に取り組むことを決意するが、家には介護ヘルパーの志田さくら(戸田恵梨香)がやってきていた。突然、寿三郎は兄弟や門弟たちの前でさくらとの結婚を宣言する。全財産を彼女に相続させるというのだ。しかし、実は彼女の素性は謎に包まれていた……。
介護を「自分ごと」にするドラマ
プロレスの描写がやけにリアルだったり、長州力が本人役で登場していたり、家族全員が一斉に能の「羽衣」を謡いあげはじめるとさくらが怯えたり、舞の夫でラーメン屋でラッパーのロバート秋山が軽妙な演技を見せたりと、笑えるシーンをふんだんに盛り込みつつ、ドラマの後半では介護の現実をじっくり描く。
さくらに入浴とOMT(おむつ交換)を任された寿一だが、風呂場で厳格だったが尊敬もしていた父親の老いた裸体を目の前にして、何もできなくなってしまう。
「介護に特別な感情を持ち込まないほうがいいですよ」
「情けない、なんで他人の私にできて、息子のあんたにできないのよ!」
とヘルパーのさくらに叱咤されるが、
「息子だから! 息子だからできねぇんだよ……。ちっくしょう」
と思わず漏らしてしまう寿一。実の親子だからできることもあるし、実の親子だからできないこともある。これまで好き勝手にやってきた長男の責任も感じているが、いざ介護をやらなければいけないとなるとストレスもある。このシーンを見て、「自分はどうだろうか……?」と思わず自問自答してしまった人も多いのではないだろうか。『俺の家の話』は介護を自分ごとにしてくれるドラマだと思う。
「羽衣」の意味
寿三郎がケアマネジャーの末広涼一(荒川良々)から認知症のテストを受けるシーンもせつなかった。車椅子だが口は達者なはずの寿三郎が、野菜の名前を答えられない。西田敏行の演技の真に迫った演技はさすがの一言。学習障害を抱える寿一の息子、秀生を演じた羽村仁成もとても上手かった。このドラマ、芸達者しか出ていない。
寿三郎は審査の結果、「要介護1」と判定される。落胆した表情の舞と踊介。寿三郎はひとりで「羽衣」を謡う。野菜の名前は出てこなくても、生涯をかけて取り組んできた能の謡(うたい)はすらすらと出てくるのだ。
「住み馴れし空にいつしかゆく雲のうらやましきけしきかな。迦陵頻迦(かりょうびんが)のなれなれし。迦陵頻迦のなれなれし。声今さらにわづかなる。雁(かりがね)のかへりゆく天路を聞けばなつかしや」
これは寿三郎が謡う「羽衣」の詞章(歌詞)。羽衣を失って空に帰れなくなった天女の心情と、歩くことができなくなり、認知症も疑われる寿三郎の心情が重ねられている。野菜の名前が出てこなかったことを嘆く寿三郎に、寿一はこう声をかける。
「別にいいだろ。あんた、八百屋じゃないんだから」
これは今のままでいいと肯定する言葉だ。どうしてこうなったと嘆いても仕方がないし、できないことを求めるのも不毛だ。老いていくことは罪じゃない。できないことがあれば、周囲が支えるしかない。
寿一はOMT交換もできるようになったし、父親の股間も洗えるようになった。お互いに憎まれ口を叩き合いながら介護を通じて心を通わせていく二人のシーンは、首から下が麻痺した富豪と刑務所帰りの黒人介護士の友情を描いたフランス映画『最強のふたり』をイメージしたと(『週刊文春』の連載で)宮藤官九郎は打ち明けている(これも必見!)。なにより、『タイガー&ドラゴン』で親子のような師弟、『うぬぼれ刑事』で仲の良い親子を演じてきた長瀬智也と西田敏行は、ドラマ界「最強のふたり」と言い切ってもいいと思う。
「要介護1」とは?
ところで、「要介護1」は要介護・要支援度の状態区分でいうと「食事や排泄は自分でできるが、心身の状態が不安定であったり認知機能の低下などにより部分的な介護が必要な状態」とされる。介護度によって使えるサービスと介護保険の支給限度額が異なる。
→要介護認定とは?申請方法は?|介護保険サービスを利用するまでの流れ【介護の基礎知識】公的制度<4>
下半身麻痺で車椅子生活であり、認知症も疑われるのに「要介護1」なのはおかしいのではないか、というドラマを見ていた人からの指摘もあったが、判定が思ったより軽くて納得がいかないという事例はよくあることらしい。
また、下半身麻痺のはずの寿三郎が足に熱湯をかけられて反応するシーンがあったため、寿三郎(とさくら)が嘘をついているのではないかと指摘する声もあったが、身体が動かない箇所でも温度を感じることは十分ありえるので今後の展開を見守りたい。
今後は「カトちゃんパターン」「後妻業の女」と呼ばれるさくらの存在が、大きな仕掛けになってくる。そうでなくても、介護に直面している人はきっと共感できるだろうし、介護を予感している人は予習になるし、介護について考えていない人が介護を身近に感じるきっかけにもなるかもしれない。『俺の家の話』は「私の家の話」でもある。2話以降も見逃せない。
『俺の家の話』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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