『半沢直樹』中野渡頭取が忘れられない。北大路欣也、挑戦の歴史【水曜だけど日曜劇場研究2】
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解くシリーズを再開。ドラマ史に詳しいライター近藤正高氏の「水曜だけど日曜劇場研究」第2シーズン第1回は、大ヒットドラマ『半沢直樹』での演技も強烈だった北大路欣也に注目。大作『華麗なる一族』(2007年)を掘り下げる前に、俳優としてのバックグラウンドを検証する。
『半沢直樹』中野渡頭取の存在感の大きさ
新語・流行語大賞のノミネート語30選が先ごろ発表された。そのなかには、今年大ヒットした『半沢直樹』から「顔芸/恩返し」という言葉も含まれる。『半沢直樹』からは前シリーズが放送された2013年にも、「倍返し」が大賞に選ばれており、7年ぶりの受賞となるのか気になるところだ。
その『半沢』第2シリーズでは、とくに終盤、北大路欣也演じる中野渡頭取の存在感の大きさに気づかされた。このとき、舞台となる銀行の過去の暗部がクローズアップされ、そのなかで中野渡がずっと苦悩してきたことが明らかとなった。その意味で、今回のシリーズは、頭取である彼の物語でもあったといえる。
終盤を別にすれば、シリーズ全体を通して中野渡の登場回数はけっして多くはなかった。しかし、それでも存在感は圧倒的だったのは、北大路欣也という俳優の力だろう。
筆者は以前、この連載で田村正和をとりあげた際、《スターをスターたらしめる条件とは何だろうか? そう考えたとき、私がまず思いつくのは、「どんな役を演じても、その人以外の何者でもない」ということだ。極端なことをいえば、演技力以上に存在感こそ、スターに欠かせない条件なのではないだろうか》と書いた(2020年5月13日)。この条件は、まさに北大路欣也にも当てはまる。
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ちなみに田村と北大路はいずれも1943年生まれ(ただし北大路は早生まれなので学年は1つ上)で、父親がそれぞれ阪東妻三郎、市川右太衛門と銀幕の大スターであった点も共通する。デビューは北大路が少し早く、13歳だった1956年、映画『親子鷹』で父と勝小吉・海舟親子の役で共演した。その後は田村と同様、時代劇を中心に出演し、しだいに頭角を表す。並行してテレビにも進出、NHKの大河ドラマでは主演を務めた『竜馬がゆく』(1968年)以降、多くの作品に出演している。
人気が出て以降、ドラマでは大半の作品で主役を務めた点でも北大路と田村は共通するが、北大路の場合、ある時期を境に、主役を若手に譲って自分は脇で支える役も目立つようになった。大河ドラマ『篤姫』(2008年)において、宮崎あおい演じる篤姫のよき相談相手だった勝海舟役などはその代表例だ。
コミカルとシリアスとの振り幅
北大路で注目すべきは、芸歴50年をすぎてもなお新たな挑戦を続けているところだろう。2007年からはソフトバンクのCMで犬のお父さんの声を当てるようになり、翌2008年には劇団☆新感線のロックミュージカル『新感線☆RX「五右衛門ロック」』に出演。また、2014年にテレビ東京系で放送された主演ドラマ『三匹のおっさん』は好評を博し、シリーズ化されている。ソフトバンクCMに出演し始めた2007年には、本連載のテーマであるTBSの「日曜劇場」の『華麗なる一族』にも出演、いずれも父親役とはいえ、コミカルとシリアスとその振り幅に驚かされる。
山崎豊子の同名の長編小説を原作とする『華麗なる一族』は、高度成長期の関西の財閥一族を描くもので、北大路は一家の長である万俵大介を演じた。原作ではこの大介が主人公で、1974年制作の映画とテレビドラマでも踏襲されたが(来年、中井貴一の主演によりWOWOWで放送予定のドラマでも同様)、2007年のドラマ化に際しては木村拓哉演じる長男の鉄平が主人公に据えられている。なお、このとき監督を務めたのは、のちに『半沢』を手がける福澤克雄だった。
『華麗なる一族』以後、北大路は日曜劇場では城山三郎原作の『官僚たちの夏』(佐藤浩市主演、2009年)、再び山崎豊子原作の『運命の人』(本木雅弘主演、2012年)を経て、『半沢直樹』に出演するにいたる。
『半沢』シリーズを除けば、いずれも昭和を舞台にした作品だ。しかも『官僚たちの夏』と『運命の人』では総理大臣の役であった(モデルはそれぞれ池田勇人と佐藤栄作)。『運命の人』では、首相を取り巻く政治家を演じる柄本明、笹野高史、不破万作といった俳優たち——みな小劇場出身だ——がそれぞれモデルとなる実在の政治家(それぞれ大平正芳、福田赳夫、田中角栄)をどことなく想起させるような役づくりをしていたのに対し、北大路は首相を演じても自身のキャラを貫いた印象を受けた。これもスターならではだろう。
『半沢直樹』へといたる流れ
ところで、『官僚たちの夏』には通産省(現在の経済産業省)の若手官僚の役で堺雅人も出演している。堺はこのあと日曜劇場では、やはり昭和を舞台とした木村拓哉主演の『南極大陸』(2011年)に出演した。監督はこのときも福澤克雄。福澤はのち『半沢』をドラマ化するにあたり、『南極大陸』で《堺さんの演技を見て、役者としてすごい人だなと思ったんです。セリフのテンポがいいし感情表現はうまいし、芝居に対する姿勢もいい。だから本[引用者注:『半沢』の原作小説]を読んでまず、堺さんとやりたいなと思った》と、主演に起用する理由を明かしている(「文藝春秋BOOKS」2013年7月5日)。ちなみに『南極大陸』には、『半沢』で堺とともに北大路を支える役を演じることになる香川照之も出ていた。
福澤監督は『半沢』第1シリーズのあと、同じく池井戸潤原作の『ルーズヴェルト・ゲーム』(2014年)、『下町ロケット』(2015年・2018年)、『陸王』(2017年)と、企業を舞台にした男たちのドラマを次々に手がけ、ヒットさせた。これらは現代が舞台だが、土台となっているのは、『華麗なる一族』に始まる日曜劇場の一連の昭和モノではないだろうか。そこで「日曜劇場研究」の再開にあたっては、まず、北大路欣也の出演作品を振り返りながら、昭和モノから『半沢直樹』へといたる流れをたどってみようと思う。次回は『華麗なる一族』について掘り下げてみたい。
※次回は11月25日(水)公開予定
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。