「じつは…」高木ブーが今だから明かすビートルズ日本公演前座出演の裏話【連載 第26回】
日本武道館で初めて開催されたコンサートは、社会現象にもなったザ・ビートルズの日本公演(1966年)だった。メインステージで最初に演奏したバンドは、ビートルズではなく、前座で出演したザ・ドリフターズである。世間的にはまだ無名だったドリフは、どんな気持ちで「晴れ舞台」に挑んだのか。ブーさんが語ってくれた。(聞き手・石原壮一郎)
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どうしてドリフが出たのか…いまだにわからない
ビートルズの日本公演の時は、尾藤イサオ、内田裕也、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ブルー・ジーンズなんかが前座として出演してた。そこにどうしてドリフが出てたのか、いまだによくわからないんだよね。コミックバンドもひとつぐらい入れておくかってことだったのかもしれない。
当時のドリフは、新体制の5人でスタートして1年半ぐらいたった頃かな。ジャズ喫茶ではけっこう引っ張りだこだったし、テレビもすでに3~4本のレギュラー番組を持っていたけど、世間的にはまだまだ知られてなかった。日本中が注目しているビートルズの公演で演奏できるっていうのは、ドリフにとって大きなチャンスではあったんだよね。
ビートルズの音楽はもちろん聞いたことがあったし、すごい人気だってことも知ってたけど、憧れとか特別な緊張感っていうのはなかったかな。あとになってビートルズの曲をドリフのレパートリーに加えた時に、「このコード進行はすごい! ビートルズはたいしたもんだ」って感心した覚えはある。それまでのロックとかって言ってしまえば単純なコードなんだけど、ビートルズの曲はケタ違いに斬新だった。
あの時は、何もかもがバタバタだったな。最初は20分出てくれって話だったのに、当日が近づいてくるにつれて、10分、5分って短くなって、最後はとうとう「1分でやってくれ」って言われたらしい。当日のリハーサルでは『愛しちゃったのよ』を5人がコーラスで歌うネタもやったんだけど、長いからってカットになって、結局『Long Tall sally』の一部を短めにやったんだよね。
あの時、荒井さんのギターは単なる飾りだった
このあいだ、久しぶりに当時の映像を見ました。長さんの「ドリフターズ、いくぞ!」っていう掛け声を合図に、仲本が歌い始める。僕や荒井さんがギターを持ったままステージを右に左に動き回る。最後はみんなでコケて、加藤がマイクに向かって「バカみたい」って言ったあと、長さんが「逃げろー!」って叫んでみんなあわてていなくなる。
懐かしかったけど、正直、いまいちなステージだったなと思っちゃった。時間を短くしろって言われてたからか、演奏のテンポが速すぎる。僕たちはメインステージで歌ってるけど、ドラムは脇のステージのしか使わせてもらえなくて、加藤はほとんど画面から外れちゃってた。曲の節目でドラムの音に合わせて身体をカクンってさせても、ドラムの動きが同時に見えないと面白味が出ないんだよね。最後の「バカみたい」も、脇のドラムから真ん中のマイクに移動してこなきゃいけないから、微妙に間が空いちゃってる。
そうだ、思い出した。武道館にはピアノもエレクトーンもないから、荒井さんは何もすることなくて、しょうがないからギターを持って立ってたけど、単なる飾りだったんだよね。映像を見ると、いつも以上にふてくされた顔をしてるみたいに見えるけど、そのせいもあったのかもしれない。あの頃は、会場のセッティングにせよテレビの中継にせよ、何もかも手探りだった。だからこその勢いみたいなのもあったんだろうけどね。
ビートルズの日本公演は1966(昭和41)年の6月30日から7月2日まで。3日間で5回の公演があった。スケジュールの都合でドリフが出たのは最初の2日だけで、最終日は出てない。ビートルズの大ファンだった志村が日本公演を見に来てて、舞台のドリフを客席から見てたっていう話が「運命的なエピソード」として広まってるけど、残念ながらそれは間違いです。志村が見たのは3日目だから、ドリフは出てないんだよね。
舞台の裏側でも、ビートルズの4人とは楽屋から何から完璧に遮断されていて、話しをするどころか姿も見せてもらえなかった。トイレに行くにも、大勢の護衛が取り囲んでいたらしい。そんな状況だったけど、じつは見たんだよね。出番が終わったあとで、メインステージの下の誰もいないところから、こっそり彼らの演奏をのぞいてた。特等席だったよ。
バタバタではあったけど、今思えばビートルズの前座をやったことは、ドリフにとって大きな出来事だった。それで名前を知ってくれた人もたくさんいたし、何より54年後にテレビで同じ曲を演奏させてもらえるなんて幸せだよね。感謝の気持ちを込めて、また久しぶりにウクレレでビートルズの曲を弾いてみようかな。
「バタバタだったビートルズ日本公演の前座出演。でも、とっても幸せな出来事だったよね。感謝しています」
高木ブー(たかぎ・ぶー)
1933年東京生まれ。中央大学経済学部卒。いくつかのバンドを経て、1964年にザ・ドリフターズに加入。超人気テレビ番組『8時だョ!全員集合』などで、国民的な人気者となる。1990年代後半以降はウクレレ奏者として活躍し、日本にウクレレブーム、ハワイアンブームをもたらした。2000年にはビートルズのスタンダードナンバー11曲をハワイアンでカヴァーしたCD『LET IT BOO』をリリース。現在はSony Music Shop(https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=2500&cd=DQCL000000660)で発売中(3300円税込)。
CD『美女とYABOO!~ハワイアンサウンドによる昭和歌謡名曲集~』『Life is Boo-tiful ~高木ブーベストコレクション』(http://www.110107.com/s/oto/discography/DQCL-566?ima=1025)などアルバム多数。著書に『第5の男 どこにでもいる僕』(朝日新聞社)など。YouTube「【Aloha】高木ブー家を覗いてみよう」( https://www.youtube.com/watch?v=9N3tZoPKKVA イザワオフィス公式チャンネル内)も大好評!
取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
いしはら・そういちろう 1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。最新刊は「恥をかかない コミュマスター養成ドリル」。この連載ではブーさんの言葉を通じて、高齢者が幸せに暮らすためのヒントを探求している。
●高木ブーが公開!“6人”のドリフ写真と志村さん、荒井注さんの珍道中