親が入れ歯や補聴器をすぐはずしてしまう…|700人以上看取った看護師がアドバイス
外出しない、人と会わない、デイサービスへも行けないという日々が続くと、いろいろな生活リズムがくるってくる。看護師として700人以上を看取り、訪問看護の仕事を続けている宮子あずささんが、入れ歯と補聴器の重要性と、親への促しかたをアドバイスしてくれた。
入れ歯をつける、口の中を清潔にすることの重要性
ずっと家にいるようになると、入れ歯をつけないことになりがちです。しかし、つけ続けるのは大切なことなのです。
●口腔内細菌が原因で誤嚥性肺炎につながる危険も
高齢者にとって、入れ歯をつけて食べ物を噛み、それを飲み込む嚥下作用を維持すること、口の中をきれいに保つことは、とても大事な意味を持っています。
口腔が、呼吸器の感染症を引き起こす菌の温床となると、感染症にかかりやすくなってしまうのです。うまく嚥下することができず、むせて口腔内の細菌が気道にまでいって、誤嚥性肺炎となる危険もあります。
●口の中をきれいに保つには
口の中の菌の総量を減らすためにまずすべきなのは、食べかすが口に残らないようにすることです。食べ終わったら歯磨きやうがいをします。
●入れ歯はきれいに洗って、うがいもする
入れ歯と歯茎の間にも食べ物がはさまって残らないようにします。総入れ歯になると、虫歯にならないからと言って歯磨きをしない人が多いのですが、口の中にある食べ物の残りかすや、細菌の総量を減らすことが必要なので、食後には必ずうがいをするようにします。歯茎の外側にまでちゃんと水を入れてぷくぷくうがいします。
食べた後には、入れ歯をちゃんと洗うことも大事です。入れ歯洗浄剤を使うのでも、ブラシを使ってごしごし磨くのでもいいですが、きれいに保つ習慣をつけましょう。
●入れ歯を入れないと合わなくなって悪循環に
高齢になると、唾液が減ってドライマウスになってきます。唾液は、歯や舌についた汚れを洗い流したり粘膜を保護したりする働きを持っています。唾液が減ってくると、若いとき以上に口の中の衛生に注意する必要があるのです。
入れ歯を入れていない時間が増えると、その入れ歯が合わなくなってしまい、さらに入れたくなくなるという悪循環が起こります。また、入れ歯が合っていないと、むせやすくもなります。
→命の危険にもつながる誤嚥性肺炎を防ぐ|予防法やトレーニング法
補聴器をはずしてしまわないためには
もうひとつ、使用をやめてしまいがちなのは、補聴器です。
●補聴器を使わないと話を聞くのが面倒くさくなっていく
耳からの情報を取り入れるのはとても大事なことですから、補聴器もはずしてしまわないようにしましょう。
人間にとって、聞きたくないことでも耳から入ってくるのは必要なことです。聴覚が衰えてくると、いやなことを聞かずに、自分にとって都合のいいことだけを聞くようになってしまいます。聞き取りにくいから、人の話を聞くことが面倒くさくなって、周囲との交流も減っていってしまいます。「年をとって頑固になった」といわれるのは、老人性難聴によることも多いのです。
●認知症のリスクが高くなるのは明らか
加齢による難聴で認知症のリスクが高くなることは明らかになっています(「潜在的に予防可能な認知症発症に関連する9項目因子」Lancet2017,390:2673-2734より)。
高齢者は、自分はちゃんと聞こえているから補聴器は必要ないと言い張ることが多いでしょう。
補聴器が合わないとか、換気扇・洗濯機の雑音がうるさいなどと言って、はずしたがります。本人にとって、補聴器をはずしているほうがラクなのです。補聴器に慣れるのには、一日中つけていたとしても数か月かかります。はずす時間が長くなれば、さらに慣れにくくなってしまいます。なんとかつけるように仕向けてあげる必要があります。
→聞こえにくさを放置すると難聴や認知症に|耳かきやストレスが原因の場合も
はずしたがったら、何度も声を掛け続ける
高齢者がはずしたがるものは、入れ歯、補聴器のほかにも、脚につける装具など他にもいくつかあります。
●根気が続かないから、すぐにはずしてしまう
言っても言ってもはずしてしまうので、親に対していらいらする、ということが起こりがちです。私も、入れ歯をはずしてしまう母と、何度も喧嘩をしました。そういう時には、何度も声を掛け続けるしかないというのが結論です。
年をとると、体力がなくなっているから、根気が続きません。一度装着しても、ちょっといやだとすぐはずしてしまいます。こちらが、そのことを飲み込んでおく必要があります。
<入れ歯や補聴器をはずしてしまうときのためのまとめ>
●口の中の菌の量を減らすことは大切
●食べ終わったら歯磨きやうがいをする
●入れ歯洗浄剤やブラシで入れ歯をきれいにする習慣をつける
●唾液が減っている高齢者は、口腔内の衛生に特に気を付ける必要がある
●入れ歯を入れないと合わなくなってさらに入れたくなくなってしまう
●難聴をそのままにしておくと周囲との交流が減ってしまう
●加齢による難聴が認知症のリスクを高める
●補聴器に慣れるのには1日中つけていても数か月かかる
●はずしてしまっても何度も声を掛け続ける
今回の宮子あずさのひとこと
●「短時間をちょこちょこ」
今回お話した入れ歯や補聴器以外にも、親にどうしてもやってもらいたいことがある場合は多いと思います。そんな時に、こんこんと言って聞かせて、根元から改めさせようとするのは、徒労に終わりがちです。
それよりも、ちょこちょこ言い続けるしかないのです。これは高齢者と接する場合の全般に言えることです。こってり手を掛けるより、短い時間かかわって、ちょこちょこ言っていくほうがいいと思います。
●今のような時は、「あきらめること」もおすすめ
新型コロナウイルスは、高齢者が感染する率が高い、死亡率が高いという世界中のデータが報じられてています。感染の勢いがおさまっていっても、高齢者を介護するご家族が安心できる日が来るのは、まだ先になると予想されます。
ある程度のあきらめを持つことも、今のような事態を乗り切っていく方法です。親を心配するあまり「お母さん、絶対だめだから」とこんこんと説得したくなるのもわかるのですが。結局は言うことを聞いてもらえなくて、介護する側が疲れてしまうことになります。
「年を取るとそういうものだから、まあちょこちょこ言っていこう」とあきらめるのをおすすめしたいと思います。
教えてくれた人
宮子あずさ(みやこあずさ)さん/
1963年東京生まれ。東京育ち。看護師/随筆家。明治大学文学部中退。東京厚生年金看護専門学校卒業。東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。1987年から2009年まで東京厚生年金病院に勤務。内科、精神科、緩和ケアなどを担当し、700人以上を看取る。看護師長を7年間つとめた。現在は、精神科病院で訪問看護に従事しながら、大学非常勤講師、執筆活動をおこなっている。『老親の看かた、私の老い方』(集英社文庫)など、著書多数。母は評論家・作家の吉武輝子。高校の同級生だった夫と、猫と暮らしている。
構成・文/新田由紀子
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